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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第27回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2018年12月~2019年3月

テレビの未来~日本とヨーロッパ

インターネットと放送制度

小向太郎
日本大学 危機管理学部 教授

1 インターネットと放送

  • 1-1 インターネットの普及

     インターネットの社会への浸透は、人々の行動を急激に変えている。例えば、携帯電話のネット接続が始まったのは1999年、2019年からみて20年前である。それ以前は、携帯端末に届くメッセージや情報を日常的にチェックする人は、この世に存在しなかった。しかし、現在では電車に乗っている人のほとんどが、スマホを眺めている。スマホや携帯を持たずに外出しても不自由を感じないという人は、むしろ少数派であろう。ネットを通じて、さまざまな情報が提供され、商品やサービスも購入される。
     インターネットは、一定の伝送速度が確保できればあらゆる情報を等しく伝送することができる汎用の伝送路である。情報の規格が統一されると、端末や伝送路は技術的には簡単に共有できる。さまざまな情報が同じネットワークを使って伝達できるようになる。技術規格を統一し相互に利用可能にする方が効率的なので、さまざまな情報が同じネットワークを使って伝達されるようになっている。
     放送番組をインターネット網によって送信することもすでに様々な形で行われているし、インターネットを通した動画の配信・共有も一般的になっている。さらに最近では、自動車、家電、工業用機械などがインターネットに接続するIoT(Internet of Things)も進展しつつあり、あらゆるものがインターネットで情報のやり取りをすることが展望されている。


  • 1-2 通信と放送の融合

     その一方で、放送は、放送用電波という独自の伝送路を基本とするメディアとして発展してきた。これは、放送が開始され普及したころに、多くの人にコンテンツを届ける技術が、無線通信による同時一斉配信しかなかったことに由来する。そして放送は、「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信(2010年の放送法改正前の条文による)」と定義され、電気通信の一種ではあるが、当初から電気通信のなかでも特別な地位を占めるものとされてきた。
     しかし、インターネットの利用が拡大するにつれて、①放送番組の送信や、②動画・音声のリアルタイム配信が行われるようになり、これが「通信と放送の融合」と呼ばれている。2010年の放送法改正では、こうした傾向を踏まえて、放送の定義が、従来の「無線通信の送信」から「電気通信の送信」へと、電気通信全般に広げられている。


  • 1-3 放送制度の目的

     放送法第1条は次のような目的を掲げている。 放送法(目的)第一条  この条文からも明らかなように、放送制度の目的は、①伝送路の確保(国民に放送が安定的に届くようにすること)と、②コンテンツの適正(公正で信頼性の高いコンテンツが自律的に提供されること)である。放送規制を考えるときには、この目的を常に参照する必要がある。この目的を達成するために、放送事業者には(図表1)のような義務が課せられている。このうち、「放送提供の義務等」は伝送路の確保、それ以外はコンテンツの適正に対応しているといってよい。

    (図表1)放送事業者に関する義務規定(概要)

    (図表1)放送事業者に関する義務規定(概要)

    * NHKに対しては、①公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与する努力義務、②全国向けの放送番組のほか地方向けの放送番組を有するようにする義務、③我が国の過去の優れた文化の保存並びに新たな文化の育成及び普及に役立つようにする義務が課せられる(第81条第1項)。

    出典:小向太郎『情報法入門(第4版)デジタル・ネットワークの法律』NTT出版(2018年)



2 伝送路とコンテンツ

  • 2-1 希少性とその解消

     国民生活に不可欠なサービスについては、その供給を確保するための政策がとられることが多い。放送の普及期には、音声や動画を視聴したいと言うニーズが非常に強いにもかかわらず、提供されるコンテンツも、技術的に利用可能な周波数も限られていた。もともと放送制度は、このような伝送路にもコンテンツにも希少性がある状況のもとで、国民に切望されていた放送を、できるだけ広く届けられるようにするために作られたものである。
     放送の普及期に想定されていたような伝送路の希少性は、現在では基本的に解消されている。単に、放送の伝送路を確保することだけが目的ならば、デジタル・ネットワークを利用できるかどうかは、主として通信速度と安定性の問題となる。従来の放送制度が「電波を利用した放送」を前提にしているのは、不特定多数に情報を同時かつ確実に送ることができたからである。電波を利用した放送はアクセスの殺到によるネットワーク障害のようなことがおきることがないため、現在でも、大規模災害時等の非常時には優位性を発揮する。しかし、こうした場面でインターネットの双方向性が生かされることも多くなっており、むしろ伝送路の多様性によって、情報アクセスの確保を図っていくべきあろう。さらに、多様な音声や動画のコンテンツがインターネットを通じて大量に提供されており、コンテンツの希少性も解消しているといってよい。
     しかし、現在でも放送に対しては、一定の規制が必要であると考えられている。放送には特殊な社会的影響力があり、それにみあった公共性が期待されているというのが、その理由であろう。


  • 2-2 放送の影響力

     現在のところ、地上波テレビ放送に代表される放送は、他のメディアと比べて特別な影響力を持っている。若年層を中心にテレビを見る時間よりもネットを見ている時間が増加しているという指摘もあるが、同一のコンテンツが届くリーチでは他のメディアの追随を許さない。国民全体からみれば、有名人とはテレビに出ている人のことであり、放送は現在でも依然として影響力の大きなメディアである。
     また、新聞等のプリントメディアが、読者によって主体的に読まれるのに対して、テレビは人間の受動的で無防備な部分に働きかけて知らず知らずの間に強い影響を与えている面がある。テレビが放送したことはそのまま信じる人が多いからこそ、ヤラセや誤報に対しても特に厳しい目が向けられる。
     現在の放送の影響力には、チャンネルの希少性だけでなく、今までに培ったブランドイメージや、法律がコンテンツの適正を義務付けていることによる信頼も寄与している。放送事業者の提供するコンテンツは、インターネットを介して提供された場合にも、一定の支持と信頼が得られる。しかし、今でも最も重要な要素は、テレビ受像機が国民に広く普及しており、そのチャンネルが限られていることである。全くの想定として、放送事業者が単なるインターネット上のコンテンツ・プロバイダーの一つになったとしたら、現在のような影響力は維持できないであろう。放送にとって、放送用電波が依然として重要なのは間違いがない。
     総務省「放送を巡る諸問題に関する検討会」が2018年度に公表した「第二次取りまとめ案」では、「①新たな時代の公共放送」「②放送サービスの未来像を見据えた周波数の有効活用」「③衛星放送の未来像」が課題として掲げられている。3つの課題すべてにおいて、放送の伝送路のあり方が主要な論点として含まれている。
     これらの議論において特筆すべき点は、ある周波数を放送に使うべきなのか、その他のネットワークのために使うべきなのか、という問題意識が共有されるようになってきたことであろう。無線によるインターネット・アクセスのニーズが高まり、放送のために使われる利用価値の高い周波数帯に、熱い視線が注がれているのは周知の事実である。
     このようななかで利用が認められるためには、放送のために電波が必要であるということの根拠が、いっそう厳格に求められていくようになる。伝送路もコンテンツも希少であった時代には、放送用電波の必要性自体が議論されることはあまりなかった。しかし、ネットワークが多様化し、世の中にコンテンツが溢れている状況においては、放送というシステムを維持する必要性を明確にしなければならない。


  • 2-3 新たに期待される役割

     総務省検討会の取りまとめ案においても指摘されているが、最近では、インターネット上で根拠のない扇動的なニュースを公表するいわゆる「フェイクニュース」が、真偽を確認されないまま拡散され影響力を持つことが深刻になっている。SNSで拡散された情報が、多くの人に見られて、いつの間にか広く信じられていることも珍しくない。インターネットによって、根拠が希薄な情報や、特定の個人や集団を貶める言論が広まることも多くなっている。
     また、受け手の選択によって高度にカスタマイズされる情報の比重が高まっていくことで、自分の関心事だけに目を向けて自分の殻に閉じこもったり、都合の良い情報にしか触れなくなったりする人が増えることに、懸念を示す見解もある。
     価値観が多元化している現代社会において民主政が有効に機能するためには、ある程度社会の構成員が共有すべき基本情報が提供されていることが必要である。そのためには、ある程度信頼できるメディアが存在する必要があると考えられている。しかし、国家が強制力を持ってこれを実現すると、表現の自由を害することになる。
     番組編集準則を始めとする放送の内容規律の位置づけも、憲法上の論点となっており、これを根拠に直接規制が行われるべきではないと言う見解も有力である。放送法も表現の自由を損なわないために、その目的に「自律」の保障をかかげている。一方で、放送事業者は、自らの社会的責任としても、自主的に適正なコンテンツの提供を標榜してきた。法律で「不偏不党、真実」を求めることと、放送の自律を確保することは、本来矛盾を孕んでいる。放送の規律はこうした微妙なバランスの上で、社会的影響力と公共性を維持してきたのである。
     情報流通と伝送路の多様化は今後も進んでいくことが確実であり、将来的には、現在のような放送用電波を利用した放送の重要性はさらに低下していく。しかし、現在のところ放送は、社会に支持され、高い社会的影響力を持っており、国民が安心してみることのできるメディアの有力な選択肢である。もちろん、周波数の有効活用や新たなサービスを模索することも必要である。しかし、既にインターネットで提供されているような双方向サービスを放送に付加することよりは、むしろ、信頼できるメディアとしての役割をよりいっそう果たし、それをアピールすることの方が重要であろう。

小向太郎

日本大学 危機管理学部 教授

1987年早稲田大学政治経済学部卒。中央大学博士(法学)。
情報通信総合研究所 取締役法制度研究部長・主席研究員、早稲田大学客員准教授等を経て、2016年4月より現職。1990年代初めから、情報化の進展によってもたらされる法制度の問題を研究。

主な著書:
『情報法入門(第4版)デジタル・ネットワークの法律』(NTT出版、2018年)
『情報通信法制の論点分析』(共著、商事法務、2015年)
『入門・安全と情報』(共著、成文堂、2015年)、
『改訂版デジタル・フォレンジック事典』(共著、日科技連出版社、2014年)、
『表現の自由Ⅱ‐状況から』(共著、尚学社、2011年)、
『実践的eディスカバリ』(共編、NTT出版、2010年)、
『プライバシー・個人情報保護の新課題』(共著、商事法務、2010年)、
『ユビキタスで作る情報社会基盤』(共著、東京大学出版会、2006年)、
『インターネット社会と法(第2版)』(共著、新世社、2006年)、
『サイバーセキュリティの法と政策』(共著、NTT出版、2004年)、
『発信電話番号表示とプライバシー』(共著、NTT出版、1998年)

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