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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第18回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2009年1月16日~2月28日

アジア諸国の公共放送

[総括討議] アジア諸国の公共放送

山下 東子
明海大学経済学部 教授

1.シンポジウムの目的と到達点

シンポジウムの目的
日本では欧米や東アジアの公共放送についてはしばしば論じられてきたが、それ以外の国々の放送事情や公共放送の動向についてはそれほど多く論じられてはこなかった1。社会と人々の価値観が大きく変動している東南アジア諸国において、新しく生まれつつある公共放送が如何なる役割を演じ、又それがどのように変革して行くのかについて知識を共有することは、放送文化を通じての国際交流を促進する上で、日本からの発信を考える上でも、更に、各国と我が国の公共放送機関の有機的連帯を探る上でも、夫々意義があろう。このような問題意識のもとに、東南アジア諸国の公共放送をテーマに、国際シンポジウムを実施した。
本シンポジウムでは、まず村瀬眞文(立教大学)教授より日本の公共放送の概要や直面する課題について、公表されている指標をもとに客観的にリポートしていただいた。このリポートを各国のパネリストに投げかけて、それぞれの国での公共放送の実情についてリポートしていただいた。日本のリポートを先行させた意図は、シンポジウムでの報告内容の標準形として参照してもらうとともに、他の3カ国に比べて長期にわたって定着している日本の公共放送を自国と比較する上での対称軸として使ってもらいたいという点にある。次いでスパニー・ニッツマー(ランカムヘン大学)助教授よりタイのリポートが提出されたため、インドネシアのパネリスト、フレディ・ドル(インドネシア1コミュニケーション)会長、およびフィリピンのパネリスト、アミ・ダキラネア・タノイ(フィリピン大学ビザヤ校)助教授の両名には、タイの状況についても対称軸として参考にしてもらえたと思う。

対象国の選定経緯
シンポジウムでリポートしていただく国として、今回、東南アジア諸国のなかから特に、インドネシア、タイ、フィリピンの3カ国を取り上げた。というのは、この3カ国では公共放送が存在するか、または導入の動きがあるからである。この3カ国以外の東南アジア諸国の状況について、『NHKデータブック世界の放送 2008』をもとに簡単に述べておこう。国営放送のみが提供されているのはブータン、ミャンマー、ラオスである。ベトナムは国営放送と地方政府が営む放送がある。シンガポールは政府出資の株式会社が独占的に複数のTVチャンネルを提供しており、形式上は公共放送となっているが強いメディア規制のもとで運営されている。カンボジア、ネパール、マレーシアは国営放送と商業放送が存在する。
これに対して、インドネシアとタイは公共放送が誕生して間もない国である。フィリピンは長らく公共放送の必要性が叫ばれ、2007年には法案の提出がされながらもいまだ実現していない国である2。3カ国は地理的に近接しているものの、文化や宗教がそれぞれ異なっており、そのことが公共放送の使命など寄って立つ基盤にどのような違いをもたらすかを比較を通じて探ってみたかった。後述するように、公共放送の使命には万国共通のものがあり、国情による違いは顕著ではないことがわかったが、それもまた、本シンポジウムを通じて得た成果である。
パネリストはコーディネーターを務めた筆者がJAMCO事務局と相談の上選定し、参加をお願いした。今回承諾をして参加してくださったパネリストはいずれも、1.高等教育機関で放送についての専門教育を受けており、2.放送に関する実務経験があり、3.現在公共放送やその監督機関に所属しておらず、4.放送を専門とする研究を行っており、5.英語によるシンポジウムに参加できるという、非常にタイトな条件を満たしている。こうした経緯から、各国の公共放送に関するリポートは客観的で読み応えのあるものになった。日本と東南アジア3カ国の比較を通じて、当初の目的に対して一定の成果が得られたことと考える。次節以降では、その内容を多角的に検討する。

2.各国の放送とその社会経済的背景

社会経済指標
まず、日本を含めた4カ国の経済および放送事情についてレビューしておこう。表1にその概要をまとめている。国の発展レベルを表わす指標として1人あたりGDP(国内総生産)を見ると、タイが34万円3(2006年、以下同じ)で、インドネシアが16万円、フィリピンが17万円となっている。タイは他の2カ国より比較的発展レベルが高いだけでなく、加工貿易拠点として貨幣経済化が先行していることが金額の差を生み出している4。またフィリピンはまだ働く年齢に達していない子供の人口が多いことが特徴である5。日本の1人当たりGDPは446万円と桁違いに大きいが、諸物価の高さなどを勘案する必要がある。
地理的な特徴として、タイは肥沃な土壌に恵まれた北部の平野部と、南部の細長い半島からなっており、離島は比較的少ない。国策として南北に幹線道路が敷設され、物流や電力供給などのインフラも比較的整っている。これに対して、フィリピンとインドネシアは島嶼国であり、幹線道路網の整備や電力供給のみならず、放送網を含むインフラ整備全般にとって条件が不利である。インドネシアでは放送については、1980年代からパラパ衛星による配信など不利な条件を克服するための方策が採られてきた。フィリピンのタノイ氏は地方貧困層の教育のためや限界的な地域への放送の提供が必要だが十分なされていないことを指摘している。同氏によると、国営ラジオ放送の全国カバレッジが50%、国営TV放送のそれが85%である。フィリピンの人口構成と地理的条件は、そうした問題の背景となっている。

放送の普及状況
次に3カ国の放送概要を同じく表1をもとに見ていこう。インドネシアとタイには公共放送局が最近誕生し、インドネシアはラジオの公共放送が先行しているがタイは逆にTVだけが先行して開始されている。3カ国ともに商業放送局が存在し、後述(表2)するように商業放送局の視聴シェアが圧倒的に高い。日本も公共放送と商業放送が並存するが、日本の場合は公共放送も相当の視聴シェアを獲得している。

ラジオ放送の役割
本シンポジウムではTV放送に重点を置いて議論するものの、3カ国ともにラジオ放送の相対的重要性が高い。局数が多いだけでなく、コミュニティラジオが地域にとって必要な情報を提供する役割を担っている。ラジオは端末の価格も、視聴するために必要な電力も低くて済むため、まだTV電波、TV受像機ともに100%の普及が達成されていない状況下で、ラジオに一定の役割がある。たとえばフィリピンについて、パナイ島東岸の3漁村での調査によると、この地域では家計収入が月5000ペソ(11000円、US$97)以下の世帯が63%を占め、TV受像機の保有率は56%だった6。このように、TV視聴がまだ一般的でない地域もある。なお、衛星放送は技術的には100%のカバレッジがあるが、タイのニッツマー氏は「アンテナ価格は平均で18,000円(US$158)~91,000(US$791)で、タイの平均的世帯の年間収入が54.5万円(US$4749)だから衛星チャンネルを直接受信できる世帯はそう多くない」7と述べている。1人当たりGDPで他の2カ国を上回るタイでさえこうした状況がある。
ラジオの情報源としての手軽さと普及度合いを勘案すれば、公共放送が存在しない状況下で、ラジオ局のなかには公共放送に準ずる機能を担ってきたところがあるのかもしれないが、この分析については他の機会に譲りたい。日本を含め、4か国ともに衛星放送とケーブルもある。

放送法規制
放送の政策、規制、運営機関の状況について比較検討する8。日本では放送法(1950年)に基づき総務省が放送行政を担っている。電波の割当は電波監理審議会の答申を受けて、総務大臣が行い、放送局には放送免許を付与している。放送内容については、放送法において、地上波は総合編成で行うことという番組準則が規定されており、各局が自らにこれを遵守する。放送内容のレーティングなどは自主的にも、また第3者によっても行われていない。放送免許は事業免許ではなく、施設・設備に対する免許ではあるが、再免許の際にコンテンツに関わる問題に全く触れずに申請が審査されることはありえないため、放送の政府からの独立性に問題があると指摘する意見もある9。
インドネシアは放送法(2002年)、および放送法施行規則(2006年)によって、情報通信省(Kominfo)が電波割当や許認可などの権限を持ち、KPIという独立の放送委員会がコンテンツについて監視することとなった。インドネシアのドル氏によると、公共放送ができる前は、放送内容について政府機関GOLKARからの介入やコントロールが相当あったという。公共放送ができてからも、職員が公務員のため、普通の公共放送局として機能することが難しくなるような規制で縛られているという。
タイでは2007年、国家放送機構法が制定され、公共放送の開始が決まった。周波数の割当は2004年9月に発足したNTC(国家電気通信委員会)が行い、放送事業の規制監督にはNBC(国家放送委員会)が当たる。番組規制はPRD(総理府広報局)が行う。新体制になる以前からすでに放送周波数は割り当て済みで、多くのテレビ放送が提供されている。タイの特徴は放送周波数を軍(陸軍)やMCOT(タイ・マスコミ公社)、規制当局であるPRD自身が管理・運営していることである。MCOTは1チャンネル分については自らテレビ放送を行い、もう1チャンネルは商業資本に運営権をリースしている。軍は2つのチャンネルの運営を商業資本に任せている。ラジオについても同様に、その多くが軍、PRD、MCOT、および警察が運営している。無線周波数の利用権をあらかじめ公的機関が取得しており、そこから利益が生み出されている面もあるということだろう。
フィリピンでは基本的な放送法はなく、放送行政は独立行政委員会であるNTC(国家電気通信委員会)が担っている。NTCはサービスと施設を監督している。また、コンテンツについては、MTRCB(映画TV審査格付け委員会)が映画とTVの内容審査を行うことに加え、放送事業者の自治組織であるKBP(フィリピン放送事業者連盟)が自主的にラジオとTVのコンテンツ規制と監督を行っている。

3.3カ国の公共放送―日本を軸とした比較―

公共放送の財源
本節では公共放送の沿革や放送内容を比較検討する。表2にその要約を載せた。列の国の順序は、公共放送を開始した年の早い順に記載している。日本の公共放送はテレビ放送が開始されてからでも55年を経過し、この間カラー放送化、チャンネル数の増加、放送メディアの増加(衛星へ)、ハイビジョンの開始、および時折の受信料の改訂などを経てきたが、特殊法人という組織形態や、受信料制度などについては変更されることなく今日に至っている。一方、最右列のフィリピンはまだ法案提出の段階にとどまる。
東南アジア3カ国と日本の顕著な違いは、収入のほぼ全部が受信料収入で賄われていることだ。受信設備を設置した者から徴収するので、TV受像機の普及とともに収入も拡大していった。自主財源があることは国や大企業からの独立性を保持することに役立っている。
これに対して、インドネシアの場合はあらかじめ決められた政府予算が配分されている。この金額はTVが44億円、ラジオが63億円で、合わせても100億円強であり、インドネシアのリポートでは資金不足を課題として指摘している。確かにNHKの6500億円との間に大きな隔たりがある。ただし、職員の給与は別立てで支払われている。タイの場合も税金の一部が交付されているが、総額はまだ明らかになっていない。交付金の上限額が61億円であり、インドネシアのTV用予算を若干上回っている(タイではまだラジオ用公共放送は開始されていない)。インドネシアと異なり、職員の給与もこの予算から支弁しなければならないが、寄付金や知的財産から得られる独自収入を追加的に得る自由度は与えられている。
日本にとっては公共放送のプロトタイプとしてNHKがあるため、受信料以外の財源を得て運営される放送を公共放送と位置づけることに違和感を覚える人もいるかもしれない。しかし世界の公共放送のなかには、インドネシアやタイのように政府からの交付金で運営されるものに加え、企業やNGOからの寄付金に頼るもの、広告収入も運営の足しにし実際に広告が入るもの、およびそれらのいくつかの組み合わせからなっているものがある。受信料のみを財源としているのはNHKと英国のBBCであって、これらはむしろ頑固な少数派と言えなくもない。というのは、社会構成員の間の所得分配がある程度均衡しており、貧困層の占める割合が少ないという社会的条件の下でなければ、受信料を一律に、幅広い層から集めることなどできないからである。

公共放送の独立性
広告収入を受け容れているのに商業放送ではなく、政府からの交付金を得ているのに国営放送ではない、このような公共放送をどう定義づけるべきかについては議論が尽きないところだが、ここでは次のNHK放送文化研究所の横山滋氏の定義を援用することとする10。それによると、「財源として受信料や政府交付金など公的資金を含んで運営されること、政府から独立した編集権を有する放送事業体であること」の2つの条件を満たすものである。同氏は、「言い換えれば政治からも商業的諸勢力からも独立していること」であるという。 政治や政府からいかに独立を保てるかは財源や許認可の権限と切り離せない問題である。受信料によって財政的に自立しているNHKでさえもしばしば政治家や政府との関係を問題視する批判が出される位であるから、誕生間もないTVRIやThai PBSにとって独立性の確保がいかに難題であるかは想像に難くない11。実際に、タイのリポートには「政治的独立が課題」と表明されている。実はThai PBSの前身であるiTVも、1995年、政治的干渉から独立した放送局として出発した。軍や政府が保有するチャンネルを使用するのではなく、自ら放送免許を取得して放送を開始した。しかし、番組内容に関する規制もあって財源の獲得に苦渋し、2000年には首相(当時)の経営する企業の傘下に入り、さらに2007年首相府に接収されたという経緯をたどっている12。
フィリピンの場合は、国営放送と商業放送それぞれが強い勢力と意図を持って運営されている。国営放送PNTIは大統領府に置かれ、政権が変わるたびに放送局名も変更されている。その時々の政権の広報という役割を果たしていると解釈できるだろう。加えて、商業放送局だった局を政府の通信グループが所管するようになった局も2局ある(IBCとRPN)。これらが国営放送のプレゼンスを示そうとする一方で二大商業放送局(GMAとABS-CBN)は自らを公共のサービスと位置づけようとしている。GMAのスローガン「心を1つに」や、ABS-CBNのスローガン「フィリピン人のために」がそのことを示している。また実際にもこれら商業放送局は自主規制ガイドラインを設けるなど、自己規律を行う点で公共的である。フィリピンのタノイ氏は、熾烈な視聴率競争を繰り広げ、ニュースショーやタレント起用などで互いの模倣を繰り返す様子は不毛であり、公共の利益に資するものではないと述べている。真の公共放送が存在する必要性は十分にあるのだが、政府には国営放送を手放す気がなく、市民には公共放送への支援(advocacy)が盛り上がらない現状では、法案が通る可能性は少ないとフィリピンのタノイ氏は観測している。

公共放送の内容
放送内容別の時間数を比較すると、NHKとThai PSBが非常に良く似た傾向を示している。Thai PSBはNHKやBBCのような公共放送を目指しているとのことなので、番組編成が似通うことも当然のなりゆきかもしれない。これに対してTVRIはニュースが少ないこと、娯楽が多いこと、宗教のジャンルがあることなど、特徴的である。インドネシアのドル氏によると、TVRIが国営放送だった時代には、TVRIの流したニュースを、内容を変えずに再送信する義務が商業放送にはあった。そうであればニュース作成には一定の蓄積があり、公共放送としてより多くの時間が割かれても不思議は無いのではないかとも思われる。しかも、娯楽に力を入れているにもかかわらず視聴シェアが1%しか取れていないのは、構造的な問題があると考えられるだろう。ドル氏は、TVRIのみがUHFで他の放送がVHFであることを視聴が進まない理由に挙げている。

公共放送の使命
公共放送の使命は、3カ国とも近似しており、フィリピンのリポートが主張する教育と少数派対応もまた、他の国々での使命と共通するものである。「大きな」公共放送の使命や必要条件として横山氏13が次の7点を挙げているので、確認を兼ねて紹介しておくこととする。それらは、
  • (1) ユニバーサリティ
  • (2) 編集権の独立
  • (3) 世論形成
  • (4) 卓越した水準の番組
  • (5) 少数派向けサービス
  • (6) 地域放送
  • (7) 総合編成

である。同氏によると、視聴者に対して総合編成による番組を提供するのが「大きな公共放送」で、ほぼ教育局に相当し、ニュースは行わないのが「小さな公共放送」である。日本、英国、ドイツ、フランス、イタリア、韓国は大きな公共放送局で、米国のPBSが小さな公共放送局である。ただ、公共放送が必要だと答えた人の割合が米国で91%(日本は83%)もあることからわかるように、小さな公共放送局は存在意義が小さいというわけではない14。このことから、インドネシアのTVRIについても、単に視聴シェアが低いからと言って存在意義が問われるというわけでは決してない。予算規模が小さいという現状において、規模に応じた小さな公共放送を目指すのか、あるいはより多くの視聴者をひきつけて大きな予算規模を獲得することを目指すのか、という方向性を、今後インドネシア国民自身が定めて行くのであろう。
タイについては、政府からの交付金は20億バーツと言う上限があるにせよ、寄付金や広告収入を受け容れることもできることとなっている。タイの公共放送には交付金以外の収入を増やして大きな公共放送になるか、ならないかという選択肢がある。

4.各国の公共放送の直面する問題と将来への期待

最後に、公共放送が直面する課題を検討し、将来像を展望する。

日本と他の3カ国との間で際立つ相違点がある。それはインドネシア、タイ、フィリピンのパネリストが揃って「視聴者や国民の参加が必要」と述べていることである。日本では視聴者の参加は必要ないのだろうか。日本のリポートにはこの課題が挙げられていなかったが、日本については、他の6カ国(英国、ドイツ、フランス、イタリア、米国、韓国)との国際比較調査で興味深い結果が得られているので紹介したい。それは、「公共放送は身近か」という設問に対しては、他の6カ国を上回る62%の人々が「身近である/まあ身近である」と回答しているのにもかかわらず、「視聴者の意見や要望が番組や視聴者のサービスに反映されているか」という設問に対しては7カ国中最低の、40%の人しか「反映されている/まあ反映されている」と答えていない点である。この極端な現象がなぜ生じたのか興味深いが、日本のリポートにもあるように、NHKでは2004年以降、相次いで不祥事が発覚し、国民の信頼をかなり失っている時期(2006年2月)に調査が行われたことも勘案すべきであろう。
政府からの独立、公共放送らしさの追求などは、インドネシアとタイの公共放送におけるこれからの課題であろう。フィリピンでは近い将来、そうした公共放送が生まれるかどうか、国民の要求と政府の決断力が試されている。日本でも、政府からの独立については常に外部の批評家たちから批判され、公共放送らしさについてはNHK自身が常に模索している課題である。
もう一歩先の課題にも触れておこう。多チャンネル化やデジタル化、多メディア化という環境変化の中で、公共放送の存在意義も変化している。中村美子氏は、「TVの市場化」のなかで、公共放送がどうあるべきかが問われる時代になっている、と述べている15。同氏は、外部環境の変化の中で公共放送が存立するためには、国民が公共放送から何を得られるのかを明らかにし、目的に沿って任務を果たしているかを評価することが必要であり、政府・独立行政機関と視聴者の両方に対して、そうした説明責任を果たすことが必要になってくると述べている16。各国の公共放送がそれぞれの課題を設定し、その解決に向けて進む際に、政府・行政機関と視聴者の双方に説明責任を果たすことも期待されるようになるだろう。真の政府からの独立や視聴者の参加という公共放送の目的は、意外に、こうした活動を通して実現して行くものなのかもしれない。



1. たとえば欧米の公共放送についてはNHK放送文化研究所が月刊誌『放送研究と調査』などで頻繁に取り上げている。東アジアについては、JAMCOの第17回オンライン国際シンポジウムで国際放送に関する議論がなされた。それ以外の国々の事情については、NHK放送文化研究所が毎年出版している『NHKデータブック』が唯一のまとまった情報源となっている。本シンポジウムの立案から報告に至る過程でも同書を大いに参考にさせていただいた。

2. 筆者らは、本シンポジウム企画中にもフィリピンで公共放送の立ち上げにむけた議論がより具体化するのではないか、それならば最新レポートを届ける意義が増すのではないかと多少期待もしたのだが、結果的にそうはならなかった。

3. 米ドル建てを表1の為替レートに従って円建てに換算した金額。

4. 自給自足的な暮らしや物々交換が行われると、たとえそれによって豊かな暮らしぶりが実現していたとしても、GDPには反映されない。そのため2倍の差があるからといって豊かさについて2倍の差があるわけではないことに注意する必要がある。為替レートの対ドル、対円での変動や、国内物価の差もGDPに反映される。

5. GDPや家計収入を1人当たりに換算したときに、働いていない者も分母に加わるため、若年層や高齢者の人口が多いと1人当たり収入は小さくなるという事情がある。

6. Yamao,M(ed), “Progress reports of the survey in Banate Bay Area No.1” (科学研究費基盤B1-16405027報告書)による。ここでは家計所得を調査しているため、たとえば3人家族なら一人当たり所得は月3000円弱となる。冷蔵庫保有率はTVより低く21%、ラジオは調査していない。なお、電化製品は保有していても壊れている状態というケースも少なくないため、実際の視聴世帯はこれより低い。

7. 金額は、バーツ表示を表1のレートに従って日本円と米ドルに換算。

8. 以下の記述は特に断らない限り、各国のリポートと『データブック世界の放送2008』を参照している。

9. たとえば小田切誠・松田浩・須藤春夫(座談会)「放送免許を考える」『放送レポート』No.197、メディア総合研究所刊、2005年11月号、pp.2-12は、再免許を通じて放送の独立性が問題になるのではないかと論じている。

10. 横山滋「視聴者から見た世界の公共放送」『放送研究と調査』、NHK放送文化研究所編、2006年9月号、pp.2-3.

11. 小田切他(前出書)にはNHKに対するそうした批判も述べられている。

12. ITVの経緯については『NHKデータブック2008』を参照した。

13. 横山滋(前出書),p.10による。

14. 横山滋(前出書),p.4による。

15. 中村美子「公共放送の説明責任」『放送研究と調査』2007年8月号、pp.56-57.

16. 中村(前出書)pp.58-59.

表1 各国の社会経済指標(2006年)と放送概要(2008年)
表1 各国の社会経済指標(2006年)と放送概要(2008年)
注*:1日1ドル以下で生活する人が人口に占める割合。インドネシア、フィリピンは2002年、タイは2003年のデータ。日本はデータなし。
出所:貧困層の割合までWorld Bank,”World Development Report 2008”、島嶼数はList of Island Countries-Wikipedia(ウエブサイト)、国土面積と輸出入は『ジェトロ貿易投資白書 2007』、為替レートはBritish Columbia Universityウエブサイト、放送関係は各国のリポートと『データブック 世界の放送2008』。

表2 各国の公共放送の概要
表2 各国の公共放送の概要
出所:・印は、本シンポジウムより抜粋。
*印はNHK放送文化研究所編『データブック世界の放送2008』の当該国レポートより。+印はNHK放送文化研究所編『データブック世界の放送2006』の当該国レポートより。

山下 東子

明海大学経済学部 教授

1980年 同志社大学 学士(経済学)。 1984年 シカゴ大学 修士(経済学)。 2006年 広島大学 博士(学術)。 1985年~90年 財団法人電気通信総合研究所研究員。 1990年~95年 財団法人国民経済研究協会研究員。 1995年~現在 明海大学講師、助教授をへて教授。経済学部にて産業組織論の教鞭をとる。 <関連分野での経験> 情報流通・郵政行政審議会委員(2008~)など、放送政策に関わる審議会・研究会の委員を歴任 [執筆] (論文) - “The Concept of “Basic Television Broadcasting”: It’s Status and Evolution”, Keio Communication Review No.24 (慶応義塾大学), 2002年3月 - 「デジタル・テレビ受像器の普及過程についての研究」、『平成10年度 情報通信学会年報(15周年記念懸賞論文集)』、1999年3月(佳作受賞)、pp.35-45 - 「多メディア乱立時代の公共放送」、『公益事業研究』第49巻第1号、1997年10月(菅谷実、磯本典章、西岡洋子、内山隆と共著)、pp.23-29 (分担執筆) - 菅谷実編、『東アジアのメディア・コンテンツ流通』、慶應義塾大学出版会、2005年3月(執筆箇所-第2章 国際流通からみた東アジアのメディア融合、pp.43-80) - 菅谷実・中村清編著、『放送メディアの経済学』、中央経済社、2000年9月(分担執筆-第11章 放送メディアの産業組織、pp.207-226.)

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