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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第21回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2013年3月14日~9月15日

津波防災とアジアの放送局

災害への備え強化に向けてアジアのメディアをリードする
ABUの早期警報放送推進キャンペーン

Natalia Ilieva
アジア太平洋放送連合 事務局長補佐官

「技術がいくら優れていても、予測や警報がいくら正確でも、その情報がタイムリーかつ理解しやすい方法で危険にさらされている人々に届かなければ、その警報システムは失敗だということになる」
(国連国際防災戦略事務局(UNISDR) バルセノ・ブリセノ事務局長、2009年)


はじめに

 ここ数年の間に、アジア太平洋放送連合(ABU)はメディアを通じての災害の早期警報と災害への備え強化の面で地域の指導的な役割を果たす機関の一つとして浮上した。ABUは50以上の加盟機関と協力し、放送を通じて防災意識を高めるだけでなく、参加国の代表的な放送機関をその国の防災システムの不可欠な一部とすることを目指す幅広い取り組みの先頭に立っている。

自然災害
 世界の災害の半分以上はアジア・太平洋諸島地域で発生しており、同地域は世界で最も広く、最も自然災害が発生しやすい地域になっている。台風、津波、洪水、干ばつ、火災、その他の自然災害に定期的に見舞われ、しかもその発生頻度は増加傾向にある。UNISDRの報告書「2008 disasters in numbers」によれば2008年、世界全体で報告された災害による犠牲者の99%は同地域の人々であった。 こうした統計を見ただけでも、ABU加盟機関が放送事業者としてその最も重要な責務 -人命を救うこと- を果たせる態勢の整備に向けて緊急に行動する必要があることは明らかであり、それには、災害が襲う前に一般市民の注意を喚起するため、また災害の発生時およびその後の救助・救援活動を円滑に行うため、タイムリーで正確な情報を発信することが求められている。

 2004年のインド洋地震・津波(「アンダマン海津波」、「ボクシングデー津波」と呼ばれることもある)は、差し迫った災害に対する早期警報の受信態勢がこの地域の多くの国ではいかに不備であったかを明確に示した。これは備えがないまま大災害に突然直面することになった地域の放送機関に対する強い警鐘であった。

 ABUは、津波の被害を受けた国で放送施設が損壊した加盟機関の業務復旧を支援するため、迅速に行動した。津波から1週間後、ABU技術局は被災した放送局の放送再開を支援するため一部加盟機関が開始した連帯活動の調整役を務め、スリランカ、インドネシア、モルディブへの機材の発送やボランティア技術者の派遣に協力した。これらの被災国にはまた、23,000台のラジオ受信機が送られ、被害が特に大きかった地区で救命活動の通信手段として使われた。これらの受信機はオーストラリアのABU加盟機関とカナダおよび米国の企業から寄贈された。

 加盟機関を結集して「現状」の変革を図ろうというABUの取り組みは、防災意識と災害への備えをテーマとする地域全体を対象とするワークショップが2005年と2006年に開かれたこと、また2006年のABU北京総会でアジア太平洋地域における「緊急警報放送システム(EWBS)の導入推進に関する宣言」が採択されたことにより、前進を見せた。同宣言は地域における災害による被害と影響を最小限に抑えるため、地域全体をカバーするEWBSの開発を呼び掛けるとともに、ABU加盟機関に対してそれぞれ自国の規制当局にEWBS実現に向けて必要な規定の制定を要請するよう求めるものであった。

 宣言の実施を目指す活動は、国連国際防災戦略事務局(UNISDR)の助成によるEWBSに関するワークショップの開催で始まり、ABUのこの分野での取り組みを2005年設立のマルチドナー「津波、災害、気候への備えのための信託基金」(Trust Fund for Tsunami, Disaster and Climate Preparedness)の活動と関連付けることによって徐々により総合的なアプローチへと進展した。こうした形の協力の結果として、同基金の支援により、ABU早期警報放送メディアイニシアティブ(ABU Early Warning Broadcast Media Initiative)(2009~2011)とABU災害リスク軽減放送メディアイニシアティブ(ABU Disaster Risk Reduction Broadcast Media Initiative)(2012~2014)という2つのプロジェクトが実現した。

2004年インド洋地震・津波

 嵐、津波、干ばつ、火山噴火、地震などの自然現象はかならずしも災害を意味しない。災害が発生するのは、地域社会や住民が自然現象にさらされ、その影響に対処できない場合だけである。2004年のボクシングデー津波は、もし被災地域の各コミュニティに災難に襲われた場合の備えができていて、日本の代表的な放送機関であるNHKが1985年から続けている「緊急警報放送システム」のようなシステムを通じて先進的な警報が出されていれば、その被害はあれほど壊滅的なものにはならなかったであろう。2004年津波は、人命を救うために危険な自然現象が差し迫っていることを伝えるメッセージを広く住民に中継するシステムがこの地域ではまったく不十分であったことを示した。

ABU加盟機関の連帯

 インド洋津波によって、緊急支援が必要な際にはABU加盟機関の間に強い仲間意識と連帯感が発揮されることも明らかになった。ABU事務局は直ちに行動を開始し、この大災害で損害を被った加盟機関の放送局が放送を再開できるよう支援の手を差し伸べるとともに、大きな打撃をうけたコミュニティでの救助・救援活動においても重要な役割を果たした。

 この活動は加盟機関の主導で行われたもので、Commercial Radio Australia(CRA)のCEO、ジョーン・ウォーナー(Ms Joan Warner)が1月1日にかけてきた1本の携帯電話から始まった。同氏は津波被災地での救援活動、特に津波の影響を受けたABU加盟放送機関に対する支援に取り組んでいた。取り組みの中心はオーストラリアの一部の通信技術者に働きかけて、伝送装置、ラジオ受信機、ボランティア技術者を提供してもらうことだった。

 行動を促す呼びかけは、まず、この日(土曜日)の午後4時、インドネシア、スリランカ、モルディブのABU加盟機関に対して行われた。各加盟機関にいるABUとの技術関係連絡責任者の間で電話や電子メールの交換があわただしく行われた。連絡責任者の多くは施設が被災した現場にいて、臨時の送信施設の建設に従事していた。

 この重要な日に、ABU事務局は加盟機関からの支援の申し出を調整する活動を行うチームを結成した。チームはABUのサイトに呼びかけを載せるとともに加盟機関と情報のやり取りを始めた。ABUサイトの呼び掛けには直ちに反応があった。メッセージや連絡が殺到した。最初は、カナダと米国の放送関係の個人と企業からで、その後、アジア太平洋地域とヨーロッパのABU加盟機関、およびその他の多数の団体・組織が続いた。

 ABUチームは、被災地域の住民が必要不可欠な救援物資、医療支援、重要な情報の確保など様々な救援を受ける上で頼りにできる最も重要な情報伝達リンクとして簡単なラジオ受信機と新しい電池を提供することが極めて重要であることにすぐ気付いた。ラジオ受信機はまさに生存のために不可欠の要素であると認識された。ABUは直ちに被害を受けた加盟放送機関にとってまず必要な資材のリストを作成した。リストにはインドネシア、スリランカ、モルディブへの2万3000台のラジオ受信機の提供要請、アチェ州向けの低出力ラジオ送信機や緊急用スタジオ設備の提供およびボランティア技術者の派遣、モルディブ向けの低出力テレビ送信機の提供などが含まれた。ウォーナー氏とCRAはこうした要請事項に迅速に対応し、極めて短い期間内に要請された資材を提供した。

 そうした状況の中で、オーストラリア放送協会(ABC)のコリン・ノウルズ(Colin Knowles)が素晴らしいアイデアを思いついた。それは被害を受けたABU加盟機関の放送施設の長期的な復旧・建設に焦点を合わせ、その計画作りと実施のための専門技術知識を提供するというものであった。モルディブのRTVM(現在のMBC, Maldives)はこの申し出を直ちに受け入れ、ABCからのボランティア技術者がその後すぐに首都マレに到着した。

 この他、オランダのジョナサン・マークス(Jonathan Marks)は放送現場レベルでの救援活動について包括的な報告をまとめたが、報告の一つはアンダマン・ニコバル諸島では短波ラジオ受信機が必要であることを指摘していた。ABUがAll India Radioと連絡を取ったところ、同局がすでに独自にこれに対応していたことが分かった。

ABUによる災害への備え強化のための能力構築イニシアティブ

 ABUは2005年6月、加盟放送機関の災害に関する緊急警報準備態勢の向上を図るための最初のイニシアティブに着手した。災害状況下での緊急情報の流れと、一般市民の意識、備え、対応に関する2つの地域ワークショップを行い、2004年インド洋津波で被害を受けた各国から参加者があった。これらのワークショップの目的は以下の通りであった。

  • 気象および地理観測機関から放送事業者への情報の流れのスピードと精度を高めることにより、アジア太平洋地域におけるより迅速かつ効果的な早期警報システムの開発を促進する、
  • 放送事業者から一般市民への災害・緊急情報の迅速な流れを確保する、
  • 災害が発生したした際のより迅速かつ正確な報道取材の実施方法の開発を促進する、
  • 特別教育番組および公共サービス情報を放送することにより、災害リスクの軽減、防災、緊急事態への備えに関する一般市民の意識を高める。

 ワークショップはアジア太平洋放送連合と国連アジア太平洋社会経済員会(UNESCAP)のUNISDR事務局が共催し、放送事業者と津波・気象警報分野の専門家が一堂に会して警報の発信や一般市民への啓もうに関して対話と理解を深めた。このうち、最初のワークショップは「気象機関から放送事業者への緊急情報の流れ」(Emergency Information Flows from Meteorological Organizations to Broadcasters)というタイトルで、2005年6月13~14日、バンコクで開かれた。同ワークショップはもともと技術的なもので、気象情報に関与している技術者とテレビ放送関係者を主な対象とした。参加者はインド洋津波で被害を受けたABU加盟国の有力な放送機関およびケニア、タンザニア、セーシェルからの代表17人のほか、タイのテレビ放送会社からオブザーバーとして3人が参加した。この他、ADRC、ADPC、UNESCO/IOC、UNOCHA、WMOなどの気象・海洋機関や災害管理組織の代表が参加した。

 次のワークショップのタイトルは「個人およびコミュニティの一般的な防災意識、備え、対応」(Public Awareness, Preparedness and Response of Individuals and Communities)で、最初のワークショップに続いてバンコクで2005年6月15~16日に開かれ、公共サービス情報、教育ドキュメンタリー番組、時事問題番組などの利用により視聴者の啓もうを図り自然災害の危険とそれに対する適切な対応に関する認識を高めるための放送事業者の能力と責任について取り上げた。このワークショップには津波で被災した12カ国の番組編成および制作担当責任者が参加した。

ABU総会におけるプロフェッショナル・ディスカッション、2005年11月

 防災や減災、また防災意識や災害への備えの強化に放送事業者が果たす役割についての討議を継続するため、ABUは2005年11月26~28日ハノイで開かれた年次総会でプロフェッショナル・ディスカッションを行った。討議には100を超える放送機関から400人以上の首脳や放送担当幹部が参加した。

津波災害映像の収集と配布、2005年10月

 ABUは災害の取材・報道および災害に対する意識や備えに関する資料の作成についても迅速に調整を進めた。ABU事務局は加盟放送機関から提供された津波災害の未編集映像をまとめて2005年10月12日の「国際減災の日」に配布した。映像は衛星を通じて放送機関に配信され、アジア太平洋地域諸国の代表的な放送機関がそれぞれニュース記事に利用したほか、ユーロビジョンを通じて欧州各国の放送機関にも提供された。また、別のバックアップ映像(セカンドロール映像)がUNISDR事務局によって欧州放送連合を通じてアジア太平洋地域の放送機関に送られた。

減災関連プログラム

 アジア太平洋放送連合は、CNN International との協力取り決めを通じて、バンコクで開催された前述の2つのワークショップの参加者が作成した原稿と資料を取りまとめる作業を行った。その内容は衛星を通じてアジア太平洋地域の放送機関に配信され、インド洋津波から1周年の記念日に当たる2005年12月26日以降利用できるようになった。ワークショップ参加者が作成した内容を補完するため、ABUはUNISDR事務局と協力してセカンドロールとビデオニュースを作成し、発表した。これらはCNN World Reportでも放送された。参加放送機関は津波被害からの復興を目指す取り組みを特集するニュース番組を作成するとともにメッセージを伝える公共広告を放送し、津波記念日の催しとして減災意識の高揚を図った。

EWBSに関するABU宣言

 ABU事務局は2004年津波後の2年間、災害が差し迫っている場合には警報を流し、災害発生時およびその後はタイムリーで正確なメッセージを発信することによって、放送メディアが人命の救助に果たす役割に関する認識を高める活動を加速させた。しかし、2004年から2年経過したにもかかわらず、地域内で最も災害リスクが高い諸国においては統合された緊急放送システムの確立に向けてあまり前進が見られないことが明らかになった。そのため、ABUは取り組みの先頭に立って加盟機関および各国政府に働きかけを行うことを決定した。

 2006年11月、北京で開かれたABU総会はアジア太平洋地域全体をカバーする緊急警報放送システム(EWBS)の導入を求める宣言を採択した。同宣言はこの長期目標を達成する第一歩として各国がそれぞれEWBSを確立する必要があることを指摘した。効果的なEWBSが導入されれば、放送局は受信機が待機状態にあっても起動させることが可能な特別の制御信号を出すことができる。続いて、緊急警報番組を放送する。この種のEWBSは日本では1985年から導入されているが、NHKのEWBSは特殊な受信機を備えたラジオを使い、装置にはあまり費用がかからず、メーカー側はどんなラジオやテレビにも組み入れることが可能である。

 北京で採択された宣言はABU加盟機関に対し、それぞれ自国の規制当局にEWBS導入に向けた計画を策定すること、また警報が自動的に放送されるようにするためEWBS制御信号の受信可能な受信機の生産を奨励することを働きかけるよう要請するものだった。2006年総会でのEWBSに関する決議の採択を受けて、ABU事務局は宣言を加盟機関だけでなく関連する国際・地域機関やフォーラムへの伝えることに大いに力を注いだ。

EWBSに関するABU技術局の取り組み

 ABUの技術委員会(TC)は、2004年津波を受けて始まった「ラジオ・イン・ア・ボックス(RiB)」の開発作業のほか、緊急警報放送システム(EWBS)の応用や導入、有用性についてABU加盟機関およびその他の放送事業者、業界を啓発する必要があると間もなく判断した。技術局でさらに討議を行った後、技術委員会のメンバーは同委員会が定めている4つの検討課題分野のうちの1つで研究プロジェクトを立ち上げることを提案した。

EWBS研究プロジェクト

 EWBS研究プロジェクトは、伝送技術に関するトピックの検討グループの下に結成され、その重要性を考慮して、技術委員会委員長が自らプロジェクト・マネージャーを務めることになった。同委員長は日本で進められているEWBSの研究・運用に積極的にかかわっており、それがプロジェクト・マネージャーに選任された理由の一つであった。プロジェクトには地域のその他の放送機関の専門家、およびDVB、MediaCorp、RTM、KBS、RTBなどEWBSを支持する組織・機関の専門家が参加した。EWBSのシステムは日本で長年にわたって効果的に運用されており、次のような特徴がある。

  • 災害の察知と予測
  • 災害に先立つ避難警報
  • 一般市民への正確な情報の発信
  • 人々の安心につながる情報の提供

プロジェクトグループに求められたのは、EWBSのアジア太平洋地域および世界全域への導入についてさらに検討し報告することであった。グループはまず、EWBSで使われる手法、技術、運用方法、および短波、中波、FMラジオ、テレビなどシステムの運用に使われる媒体の種類に関する情報を検討・提供する作業に取り組んだ。

 もう一つの仕事はEWBS技術の基本を詳しく調べ、放送事業者がコストと既存システムの変更を最小限に抑えながらEWBSを導入する方法に関するガイドラインを示すことだった。さらに、システムの運用面、すなわちどのようにして放送事業者を関係政府機関、その他の国および国際レベルの組織や災害予報機関と結び付けるかなどについても検討を求められた。最後に、アジア太平洋地域におけるEWBSの導入に関する最新情報に関する調査と報告を求められた。

 プロジェクトグループは調査結果を技術局および技術委員会に報告し、非常に有益な情報をABU加盟機関や業界に提供した。技術局は2008年末、グループによって提供されたすべての情報をEWBSに関するハンドブックの形でまとめれば、ABU加盟機関および業界全体にとって貴重な資料になると判断した。EWBSハンドブックはEWBSの技術、システムの導入・運用上の基本事項、および地域におけるEBWS技術の採用に関する最新情報を含む各種情報を提供している。

EWBSハンドブック
EWBSハンドブック

 ハンドブックの初版は2009年に発行された。このハンドブックにはEWBS技術の導入、運用、応用に関わる基本事項のあらゆる側面が盛り込まれた。また、他のシステム提案者による最近の開発の進展状況やアジア太平洋地域におけるEWBS技術の採用・導入状況に関する最新情報も提供された。ハンドブックは70ページの小冊子で、ABUの全加盟機関に配布されたほか、関心のある人はだれでもABUのウェブサイトから無料でダウンロードできる措置が取られた。プロジェクトグループは毎年ハンドブックの内容の更新を行ったが、技術局はコストを抑えるため更新版を毎年発行することをやめ、オンラインによる無料ダウンロード方式で提供することを決めた。ハンドブックはこれまでに4回更新され、現在は2012年9月の最新版がABUのサイトから入手可能である。

EWBSハンドブックのダウンロードは以下のサイトから:
http://data.abu.org.my/technical/ABU-EWBS/public/Handbook%20on%20EWBS%20-%20FINAL_UPDATED-SEPT%202011%20rev4.docx

EWBSタスクフォース

 技術局は2011年、EWBS検討プロジェクトを伝送技術トピック検討グループから切り離し、EWBSタスクフォースに改めることを決定した。タスクフォースに委任された権限については、EWBS導入の推進により積極的な役割を果たし、そのメリットを訴えることが追加されたが、それ以外は以前と変わらない。EWBSグループは2010年、東京で開催された技術委員会の年次会合に「災害リスク軽減のためのEWBSおよび災害救援通信の導入」に関する勧告を提出した。勧告は一般市民への早期警報の伝達において放送が果たす重要な役割を重視し、各国政府および国家機関は放送事業者と協力して国内にEWBSの導入を図る必要があることを指摘したもので、全会一致で加盟機関により承認された。

 実際、この勧告は「EWBSバックパックロードショー(巡回研修)」の域内7カ国での開催に向けて大きな役割を果たした。この巡回研修はABU早期警報放送メディアイニシアティブ(2009~2011)の一環として、「津波、災害、気候への備えのための信託基金」の助成を受けて行われた。このほか、EWBSプロジェクトとEWBSタスクフォースはABUが企画する多くのイベントやワークショップを通じて、現在もEWBSシステムの啓もう・推進活動を行っている。域内の6カ国で行われたEWBS巡回研修で、ABUは専門家やリソースパーソンの参加を手助けした。EWBSタスクフォースはその能力や専門知識を活用してこうした活動への支援を続けている。


ラジオ・イン・ア・ボックス
「ラジオ・イン・ア・ボックス」

ABU技術局は、UNESCOの支援を受けて「ラジオ・イン・ア・ボックス」(RiB:Radio-in-a-Box)を開発した。これは遠隔地や被災地への放送サービス実施に使用可能なコスト効率の高い装置で、ABUはこの低コストで操作の簡単な自立型ラジオ局を14台生産した。ABUはこうした装置の構築方法に関する加盟放送機関向けの研修コース開催の可能性を検討している。

 RiBは、災害後の影響緩和への応用を主な目的に開発された多目的のFMラジオ局で、音声の制作・送信能力を備えており、車両または航空機により、被災地へ迅速かつ容易に輸送することが可能である。この携帯ラジオ局は発電機を使って遠隔地へも迅速に配備が可能で、アンテナを適切に設置すれば半径5km以上の距離を容易にカバーできる。

 RiBは専門技術者によって組み立てられた必要な機器をすべて備えている。堅固なフライトケース(トロリー型)に収められているため、迅速にあちこち持ち回ることが可能で、2~3分あれば運用を開始できる。RiBにはまた、携帯オーディオ・ワークステーションに組み込まれているオープンソースソフトウェアを使って、短い音声素材の制作と編集を行うのに必要な機材も含まれている。


 <RiBの基本的特長>
  • コンパクトで搬送可能(堅牢なトロリー型ロードケースに収納)
  • 素早く容易にセットアップ可能(電源に接続すれば準備完了)
  • ラジオスタジオ設備
  • 外部ソースからの録音
  • CD/MP3再生 – USBまたはメモリーカードから
  • ノート型オーディオ・ワークステーション
  • 自動送出・スケジューリング
  • FM送信機100W/30W(デュアル冗長構成)
  • アンテナおよび50mフィーダーケーブル付き

 組み込まれている送出・スケジューリングソフトウェアを使えば、この装置は人が操作しなくてもプレイリストから自動的に再生するようプログラムすることが可能である。また、アナウンス用マイクのように外部ソースからの多重入力も可能で、初心者でも備え付けのオーディオミクサーを使って容易に操作できる。また、オーディオCDのほか、USBフラッシュメモリーや標準的なメモリーカードから直接オーディオファイルの再生が可能である。

 オーディオ・ワークステーションはこれらすべてのソースからの録音、素材の編集と送出が可能で、他の追加的な装置は不要である。こうしたラジオ局は、復興センターや医療、食糧、衣類、住まいなどの支援センターで援助を受ける人々に対する情報提供に利用できる。

 RiBの利用は、ラジオ局や携帯電話の基盤となる通信施設が崩壊した場合、ますます重要な意味を持つ。RiBは災害発生後の事態の中で使われるようになっているが、セットアップが簡単で費用効率が高い設計になっているため、コミュニティラジオ局での利用が有効である。オーディオ・ワークステーションはマイクロソフト・ウインドウズで動き、ソフトウェア・アプリケーションは非常に使い勝手が良く操作訓練はまったく不要か最小限で済む。標準的なユーザーマニュアル付きで、機器やその機能操作についての説明がある。

 ABUはこうしたRiBを多数製作・送達しており、アフリカやインドを中心に世界各地で使われている。ABUではこれらの装置一式を加盟機関へのサービスとして、装置そのものは別として、組み立て・配送経費を賄うための最小の追加費用で提供している。

 RiBの開発は、防災意識の醸成やこうした技術の活用による災害リスクの軽減および災害発生後の影響緩和のための効果的な通信手段の確立などの面で、ABUが積極的に関与している活動の一つにすぎない。RiBを効果的に利用するためには、その装置が災害の起こりやすい地域の戦略的に重要な場所に配置・保管されていて、急な連絡でも運用できるようにする必要がある。効果的な応用には、被災者に電池式の低価格FMラジオ受信機を提供または配布することが必要である。こうした情報伝達ルートは極めて有効であることが分かっており、災害被害緩和の取り組みや活動において必須のものであることが証明されている。

ABU早期警報放送メディアイニシアティブ(2009~2011)

 このプロジェクトによって、加盟放送機関に国および地域レベルのEWBS開発への参加を促すABUの取り組みに一段と力が入った。マルチドナーによる「津波、災害、気候への備えのための信託基金」の支援を受けたこのパイロットプロジェクトは、EWBSに関するABU宣言の実施に向けた動きに新たな命を吹き込む直接的な試みであった。宣言そのものは全面的に支持されていたものの、放送事業者によるEWBSの導入はまだ散発的であった。

 ABU早期警報放送メディアイニシアティブを通じて、ABUはEWBSの開発・導入を加盟機関にとって特に注目すべき喫緊の課題であると位置づけるとともに、カンボジア、中国、インド、インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイ、ベトナムなど対象国の災害管理局(DMO)に対してもその緊急性を訴えたいと考えた。

 プロジェクトの活動には2つの明確な方向性があった。EWBSの技術的側面と手続きの検討、および防災意識の向上を図るためのコンテンツ開発能力の構築であった。

EWBSバックパックロードショー

 ABU技術局はEWBSバックパックロードショー(巡回ワークショップ)の開催に当たって、関係各国で7回の国内ワークショップを実施したほか、既存のEWBSの実例説明や放送事業者と各国の災害管理庁との連携を図るため、地域ワークショップを1回実施した。

 地域ワークショップはマレーシア・クアラルンプルで開かれたABUデジタル放送シンポジウムの期間中に行われた。同ワークショップは、研修の優先事項を尋ねたアンケートで加盟機関からEWBS研修の開催を求める声があったのに応えたものである。ABUデジタル放送シンポジウムには450人を超える代表が出席し、ワークショップには各国の災害管理庁および放送事業者の代表が多数参加した。まったくの偶然で、ワークショップが開かれたのは強い地震が日本を襲った2011年3月11日であった。ワークショップ修了後、多くの加盟機関の代表からABUが同様の研修をいつそれぞれの機関で開くことが可能かという問い合わせがあった。

 EWBSバックパックロードショーのワークショップは、EWBSで世界をリードする放送機関の一つで、この分野で(35年以上の)豊富な経験を持つNHK (日本)の専門家が指導に当たった。NHKの専門家はEWBSのシステムおよびその応用に関する認識を高めるための集中セッションを行い、放送ネットワーク内でEWBSのシステムを導入・運用する方法に関する利用可能な最新の技術や情報が提供した。NHKはこのロードショー向けに設計した受信機ユニットを提供し、参加者はFWBSシステムが特定の場所でFMラジオ放送とどう連動するかを学ぶことができた。

 ABUは独自に設計した「ラジオ・イン・ア・ボックス」装置をEWBSの実例説明に使った。そのため、ABUは3台の装置を稼働させ、FMバンドでのEWBS信号の送信に使った。

 この巡回研修の参加者は、現在では、ABU加盟機関の管理・技術部門のスタッフなど350人を超えている。対象国のほか、ミャンマー、ネパール、ブータン、スリランカからも参加者があった。

早期警報・災害リスク軽減(EW/DRR)のためのコンテンツ開発

 ABUはEW(早期警報)およびDRR(災害リスク軽減)のためのコンテンツ開発に関する国内ワークショップをカンボジア、中国、インド、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムの7カ国で、また地域全体を対象とする番組制作ワークショップを1回マレーシアで実施した。

 国内ワークショップは2日間で、1日目は管理者や報道記者に対して、当該国の早期警報システムと災害管理の手順・方法の概要説明が行われた。2日目には、早期警報メッセージの作成方法についての研修と、Radio TV Hong Kongの早期警報放送計画の説明が行われた。これらのワークショップを通じて、ABU加盟機関に所属する150人近くの放送担当者(中間および上級管理者、編集者、報道記者)が研修を受けた。

 ラジオに焦点を合わせたワークショップは1回だけで、ABUラジオアジア会議(ABU Radio Asia Conference)の期間中にデリーで開催された。このワークショップのために4本のラジオ番組 – 沿岸地域の暴風警報のスキット(寸劇)2本とWhen Time Stands StillNever Againというタイトルのラジオドキュメンタリー2本が制作された。これらの作品はIndigenous Knowledge and Early Warnings for Natural Disasters(「地域固有の知識と自然災害の早期警報」)というタイトルのDVDに収められている。

 このワークショップのもう一つの貴重な成果は、参加したインド各州のAll India Radio放送局間の実務慣行の共有化であった。ワークショップで明らかになったのは、緊急の場合、地域のラジオ放送局も参加する警報計画や手続きが良く整っている州がある一方で、この点で遅れている州もあることだった。また、各放送機関は自然災害の影響緩和にメディアが関与することは責任ある放送事業者であれば最優先事項の一つであると考えおり、放送局内で早期警報計画の作成に取り組んでいることが明らかになった。

 国内ワークショップが最後に行われたのは中国であった。活動内容の充実とそれまでのワークショップで得られた教訓の活用を図るため、中国でのワークショップは、カンボジア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムでは2日間だった期間を4日間に延長する新しい方式が取られた。ワークショップでの活動は2部に分けられ、最初の2日間は管理者、上級放送担当者、報道記者を対象に、中国の国家災害管理システムに関する認識を深めるとともに、早期警報メッセージを作成する研修を行った。このセッションでは、Radio TV Hong Kongの早期警報放送計画とその手順が紹介され、非常に有益な議論が展開された。

ワークショップでは、CCTV、CNR、CRI、Shanghai TV、CBN TV、Sichuan Radio and TVの代表がそれぞれの放送機関の災害発生前および発生後の対応について実際の経験を話した。参加者は、各放送局がそれぞれの早期警報計画および災害リスク軽減計画を作成することのメリットと、差し迫った災害や救助・救援作業に関する情報の伝達や発信に責任を負う特別ユニットを作る必要があることを認識した。

 ワークショップ前半の2日間の活動の一環として、参加した管理者や報道記者は中国国家地震応急捜索救援センターおよび国家災害軽減専門家委員会の活動状況についても説明を受けるとともに、早期警報アナウンス文を作成し、地震の早期警報を行う際の政府および放送事業者の標準作業手順書に基づいてシミュレーション演習を行った。演習では地震被害軽減の鍵となるメッセージの内容と選択に重点が置かれたが、特にこの演習には大きな関心と熱意が寄せられた。

 ワークショップ後半の2日間の活動は報道記者を対象にしたもので、ABUのトレーナーの指導の下で災害リスク軽減のコンテンツ開発と特集記事の作成に関する実務研修に重点が置かれた。特に、参加した報道記者の関心を男女平等という分野横断的な問題に向けるため、災害発生時の子どもと女性の脆弱性がとりわけ強調された。自然災害の生存者の68%は男性であるという統計数字は参加者にとってややショッキングであり、男女平等、早期警報および放送に関する報告の調査結果をめぐって活発な討議が行われた。討議のキーポイントは子どもと女性という2つの集団に向けた早期警報メッセージをいかに作成するか、また子どもや女性と連絡をとるための適切な情報伝達チャンネルをどう選択するかであった。

 特集番組作成の実技研修に導入された第2の側面は「自然災害に対する早期警報に関するその地域固有の伝統的知識」であった。京都大学で自然災害の早期警報に関する伝統的知識について総合的な研究に取り組んでいるラジブ・ショウ(Rajiv Shaw)教授のプレゼンテーションに大きな関心が集まった。同教授は2011年3月の東日本大震災で最も大きな被害を受けた地域の実情調査団に参加したばかりで、そのプレゼンテーションは特に有益であった。教授はこの震災における日本の早期警報システムの有効性および災害の際のメディアの役割に関する最初の調査の結果を発表した。

 ポート・ディクソン(マレーシア)で行われた番組制作ワークショップは、カンボジア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムでのワークショップを通じで選ばれた13人のプロデューサーを手助けして、「災害早期警報における地域固有の知識」に関するテレビ番組を制作することがその目的であった。アジア太平洋地域では、災害が迫っている局地的な兆候を住民が何世代にもわたって経験する中で蓄積された地域固有の慣習や知識を特定する取り組みが広く行われている。参加者はそうした知識や慣習をレポートの中で確認することを勧められた。ワークショップでは、経験豊富なトレーナーが話の筋立てやインタビュー、バランスの取れた最終的な作品の制作方法について指導した。

 ポート・ディクソンでのワークショップでは、7本の特集番組が制作された。作品は「地域固有の知識と自然災害早期警報」(Indigenous Knowledge and Early Warnings for Natural Disasters)というDVDにまとめられた。これらの作品には、自然災害を予測し注意を促すために地域固有の、すなわち伝統的な知識を人々が活用している話が記録されている。

 これらのテレビ・ラジオ作品はそれぞれ別のDVDにまとめられている。この2つのDVDは500枚複製され、ABU技術局制作のEWBSに関するDVDとともにABU加盟機関に配布された。

 このプロジェクトを通して、EWBメディアイニシアティブを推進しているABUチームは、放送事業者と各国の災害管理庁および災害への備えや防災に関与している国際機関の代表の間の協議のための会合を企画した。その結果、対象国のABU加盟機関、国内IOC/UNESCOおよびUNISDR事務局、国家災害管理庁との間に強い長期的なパートナーシップが生まれ、放送事業者と各国災害管理庁を結ぶ貴重なネットワークが構築された。これにより、メディアを通じてのEWBおよびDRRプロジェクトを今後推進するための基礎が固まった。

ABU災害リスク軽減放送メディアイニシアティブ(2012~2014)

 EWBSに関する宣言の実行を目指すABUの取り組みは、「津波、災害、気候への備えのための信託基金」の助成によるこのフォローアッププロジェクトによって新たなより高いレベルの試みへと進展した。

 この新プロジェクトでは、災害の前・中・後における放送事業者の役割の重点に劇的な変化があった。放送事業者は災害の早期警報メッセージの伝達に主要な役割を果たすべきであるという考え方は、現在では広く受け入れられている。しかし、ABU加盟機関は、放送事業者の役割はこれまでとは別のレベルのものとして扱うべきであり、様々な危険に対する国の標準作業手順書(SOP)の作成との関連から、各国の災害管理官庁(DMO)の業務活動の不可分の一部にする必要があると考えている。

 放送メディア特にラジオは、各国の早期警報システムが差し迫った自然災害の危険を一般市民に効果的に伝えることができるようにするため、国の警報システムの不可分の一部になる必要がある。最も重要なことは、DMOが設定するSOPにおいて、放送事業者がそのSOPの標準的な一部であること、その活動がSOPに極めて明確に反映されていること、そして十分な訓練が行われ活動が適切に実施されることである。

 ABU災害リスク軽減放送メディアイニシアティブのプロジェクトは、放送事業者とそのネットワークを各国のDMOの業務活動に関与する当事者として、またそのSOPの不可分の一部として定着させることを目指している。すなわち、放送サービスと放送送信システムは、SOPから切り離せないものであり、対象国のDMOおよび災害警報センターの会合、審議、計画の恒久的な構成要素である。このような統合された機構の構成やメカニズムは、その国が経験した特定の災害、人命の救助や財産・生活の保護の面での経験と対応能力を反映して、国によって大きく異なる。

 緊急信号やメッセージの発信はEWBSの一つの面である。同様に重要な別な一面として、緊急警報信号を出す受信機の住民への配備がある。これはこのプロジェクトを通じてABUが進めようとしている活動である。ABUとしては、関係各国の政府機関と協力して、スイッチを切っていても1日24時間緊急信号を受信できる特別な受信機を住民に提供する方法、またメーカー側を説得して緊急警報モジュールを自社製品に組み込んでもらう方法を探っている。今後生産される受信機(ラジオ、テレビ、携帯電話)については、緊急警報放送モジュールを備えることを奨励する、あるいは法制化することが重要である。

 ABU災害リスク軽減放送メディアイニシアティブの全体的な目標は、放送メディアの利用および放送メディアとの連携を通じて、受益国の災害リスク軽減(DDR)および早期警報(EW)能力の向上を図ることである。この目的を達成するため、ABUは特定の危険に対処する災害警報センターおよび各国の関係政府災害管理庁との協力を推進する方針である。こうした協力態勢は、各国にEW/DRR担当グループを設置し、すべての当事者が自国の効果的な早期警報システムの不可分の一部として放送メディアを活用するためのプロセス、手続き、組織、メカニズムを創出または改善するのを手助けすることによって促進される。その結果、調整作業の改善や連絡ルートの短縮によって、各国の既存早期警報SOPの効率化が進むと予想される。

 このプロジェクトの重要な部分として、女性や子ども、障害者、高齢者の自然災害に対する脆弱性、また災害の危険が差し迫った際に流す緊急警報メッセージや他のコミュニケーション・チャンネルを考案するに当たってこれらの人々の特定のニーズについて、放送事業者、災害警報センター、DMOの認識を深めるという課題がある。プロジェクトでは、放送事業者がこれらの人々に情報を流すのに必要なハードウェアや機材を特定する。例えば、耳が聞こえない人々にはラジオ音声による警報は役に立たないが、もし音声警報に光信号が付随していれば、この集団に属する人々が十分な警報を受け取る可能性は増える。

 プロジェクトでは、要員訓練ツールの開発も行う。「災害復旧技術マニュアル」、国別・災害別の「沿岸災害の効果的な早期警報のためのファクト・シート」、「緊急警報の際の女性や子どもとのコミュニケーションのための優良慣行事例」という小冊子、「緊急時の障害者とのコミュニケーションのための手引書」、「緊急警報システムおよびネットワークの長所と弱点:これまでの教訓から」という本などである。

 また、指定ウェブサイトも作成する。ABUはこのサイトを災害への備えと災害管理に関する情報やアイデアを交換するための重要なリソースツールとして、また地域プラットフォームとして開発を進めている。

 このイニシアティブの対象国はインド、インドネシア、モルディブ、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナムである。これらの諸国については、それぞれのSOPの整備、警報メッセージ伝達のコミュニケーション・チャンネルの強化、メッセージの有効性と質の向上を図るため、支援の手を差し伸べる必要がある。これを前進させるには、放送事業者と災害管理の結び目となる政府機関の間の構造化された対話と制度化されたパートナーシップを設計・促進する以外に道はない。その一方で、対象国や関係機関においては、新たなあるいは既存の政策・手順・制度構造の導入または改善、SOPの整備、効果的なメカニズムとコミュニケーション・チャンネルの開発に向けて、強い政治的・組織的意思が示されている。

 ここで提案されているプロジェクトは、ABUや他のパートナー組織が効果的なEWBSの開発という分野ですでに成し遂げた成果を足掛かりに進められる。例えば、ABUはその加盟機関とともにEWSの標準信号の設定に当たって国際電気通信連合(ITU)と協力して作業を進めてきた。ITUは各国の様々な部門や地域における早期警報受信機に対処する上で必要になる個々の技術規則について勧告を行った。この作業はITUおよびその加盟国によって完了しており、われわれはそれに基づいて特定の対象国について活動を進め、国ごとにまたその国内の地域ごとに区別を行う。この結果はプロジェクトの最終報告書および「これまでの教訓」に関するハンドブックに反映される。

 プロジェクトの最初の活動は、2013年3月のABUデジタル放送シンポジウムの際に開催する予定の地域セミナーである。

特に注目すべき点:早期警報放送システムのおける男女平等の確保

 ABU緊急警報放送メディアイニシアティブでは、早期警報における男女平等の確保か強調された。同プロジェクトはこの問題に関する特別報告「早期警報放送における男女平等」を作成し、ワークショップでの研修課程にも男女平等推進の視点が取り入れられた。

災害におけるハイリスク集団としての女性

 多くの災害事例において、女性と男性がさらされるリスクが同じでないことは確かな証拠によって明らかである。その最も衝撃的な例の一つがバングラデシュにある。報道によれば、1991年にバングラデシュを襲ったサイクロンの犠牲者の90%は女性であった。同じような状況は、2004年インド洋津波後のアチェ(インドネシア)とハリケーン・カトリーナがニューオーリンズを襲った米国でも記録されている。

 早期警報に伴う情報の提示、処理、解釈の仕方については、女性と男性で違いがあることが科学的に証明されている。この違いは社会や文化の構成および労働分担によって明確に示されている。こうした違いは早期警報が進展する中で伝統的に考慮に入れられないできた。つまり、早期警報放送システムには女性の権利や男女平等の視点が盛り込まれていないため、災害に対する弾力性(回復力)の構築や紛争後の再建への女性の参加は制限されている。自然災害に対する脆弱性に男女の別による違いがあるという証拠があることを考えれば、早期警報放送システムの計画と実施に男女平等の考え方を盛り込むことが不可欠であることは明らかである。

 2005年兵庫行動枠組は、災害の脅威にさらされている個人およびコミュニティが十分な時間的余裕をもって適切な方法で行動できるようにし、それによって、人身への傷害、人命の損失、財産および環境への被害、さらに生活手段の喪失などの可能性を減らすため、「人間中心」の早期警報放送システムの開発を勧告した。早期警報が機能するためには、その警報が権限を与えられた機関を通じて提供された情報に基づいたタイムリーで効果的なものでなければならない。早期警報放送システムの設計に当たっては、重要な情報がコミュニティのすべての部分に確実に届くようにすることが何よりも重要である。

 完全で効果的な早期警報放送システムは相互に関連する4つの要素で構成される。すなわち、リスクに関する知見、監視・警報サービス、情報伝播とコミュニケーション、および対応能力である。マスメディアは、災害時の効果的なコミュニケーション能力を育成するため、早期警報放送システムにおけるこれらの要素を知っておく必要がある。

メディアと早期警報放送における男女平等推進

 早期警報に当たってメディアが果たすことのできる最も重要な役割は、災害に関する情報を提供すること、またすべての集団の災害からの回復力に影響をもたらすような認識の形成に貢献することである。メディアは人々がリスクを理解するのを手助けし、人々に警報に反応する準備を整えさせることが可能である。大きな自然災害は、自然現象と一般住民の自然現象に対する脆弱性が結びつくことによって発生する。災害が犠牲者の命を奪い大きな損害を与える理由は、多くの場合、社会的、政治的または文化的な制約がそうした脆弱性を創出あるいは増幅していることにある。

 これに関連して、メディアには社会的、政治的または文化的制約に光を当て、性別により形成された集団や疎外された集団を脆弱な立場に置いている人為的な障壁を取り除く役割を担う能力がある。

 世界各地の災害被害緩和に向けての取り組みに対する放送メディアのもう一つの貢献としては、もちろん、災害が起こりやすく電話システムなども不十分な最遠隔地域の住民にもコミュニケーションが可能な早期警報放送システムの開発である。ラジオとテレビは早期警報や避難情報を放送するとともに、災害のリスクや対処方法に関する一般市民の認識の向上を図る責任を負っている。例えば日本では、数十年にわたって大規模な地震に備える訓練が実施され、ほとんどすべての国民が参加している。これらの訓練には建造物からの避難や被災後の救援活動も含まれている。こうした訓練の価値を高め、情報を広めるうえで、メディアの役割は極めて重要である。

 災害情報は女性にも男性にも一刻も早く伝わる必要があり、この場合、避難経路や準備過程でとるべき手段などきめ細かい情報を提供するうえで、メディアは重大な役割を担っている。効果的なコミュニケーションの極めて重要な要素の一つは、正確なメッセージを作成し、それを反復することである。そうしたメッセージにより、人々は自然災害から自らを守るための具体的な措置を講じる力を与えられ、また民間および政府組織に対して災害防止、被害緩和、災害対応に当って男女平等の問題に注意を払うよう要求することが可能になる。

 早期警報メッセージでは使われるメディアのタイプも重要な意味を持つ。したがって、女性の多くがどのメディアのチャンネルを利用しているかを確認することが重要である。例えば、女性が他のメディアを利用するよりもラジオをよく聞いていると見られる場合には、早期警報メッセージの発信にもラジオのチャンネルが同じように使われるようにすることが重要である。

 メディアには、一般市民の考えを運命論から、より知識豊富な市民によるより強固なコミュニティの創造、防災に対する意識と備えを向上するための訓練への参加、基本的な科学と技術に対する理解の促進、当局に対して困難な公的決定を促す働きかけなど、人が何かに備えて心構えをする際に特有の「手引き」情報に向けるという極めて重要な役割がある。

 女性は視界を広げ、公の場でもっと発言する必要がある。女性は自分たちの問題を言葉で表し、伝達できるようにならなければならない - 自分たちだけの特化したメディアの個人間チャンネル通じてだけでなく、より多くの聴衆に届く主流のニュースその他のメディアのチャンネルも通じて。そうすることで、メディアは番組コンテンツのための情報を収集しながら、ふだんは口に出して物を言うことのない集団と直接話ができるようになる。例えば、メディアは村の男性指導者にインタビューするだけでなく、女性の自助グループとインタビューすることも可能である。女性の意見を正確に把握するためには、女性自身に話してもらうことが重要である。時間と労力を惜しまずに女性や女性グループに話しかけることで、より大きな状況に対する理解が深まるだけでなく、興味深くしかも意義のある特別な話を手に入れる道が開ける。

 創造性、文化的感受性、性別により対象を絞ったメッセージの発信も災害リスク軽減のためのコミュニケーションには重要である。災害後に以前の生活を再開しようとしている女性を含めて、女性を資源として活用することを怠ると、メディアによる報道は貧弱になり、災害後の状況に対する理解を高めることにはならない。

 この分野におけるABUの取り組みの目的は、最良の実践事例を浮かび上がらせ、早期警報放送システムの4つのすべての構成要素に性別に配慮した情報をどうやって組み入れるかに関しての提言を得ることである。さらに、放送メディアはどうにょうにして自らの番組編成を通じて早期警報放送システムの各段階で男女平等を推進し、性別に配慮した災害リスク軽減のためのコミュニケーションの実現を図る上で直面する課題のギャップを縮小を図るかを探ることである。

特に注目すべき点:障害者と早期警報

 最近の災害リスク軽減放送メディアイニシアティブにおいて、ABUは「アクセス可能な技術と環境に関するグローバル・アライアンス」(GAATES:Global Alliance on Accessible Technologies and Environments)と提携して、EWBSにどうやって他の2つの脆弱な集団 -障害者と高齢者- の社会的ニーズを盛り込むかという問題に関する認識を高め、提言を得るための活動を行った。

GAATESはABU災害リスク軽減放送メディアイニシアティブの一部として、「緊急時の障害者とのコミュニケーション:情報ガイド」という「アクセス可能性ガイド資料(Accessibility Guide Document)」の作成を進めている。この案内書は障害者に対するインクルーシブ(包含的)なコミュニケーション政策に関する情報と実践事例の必要性に対処するものである。「アクセス可能性ガイド資料」は障害者および高齢者とのコミュニケーションに関する具体的な情報を提供するもので、それによって放送事業者、各国の政府災害管理庁(DMO)およびEW/DRRタスクグループは緊急通信戦略と標準作業手順(SOP)を統合する能力を持つことになる。

 国際組織や国・地域レベルの組織はいずれも、障害者と高齢者を緊急事態に際して「潜在的に危険な状態にある」脆弱な集団であるとすでに繰り返し認定している。これら2つの集団に属する人々には特別なニーズがあると認識されているわけである。しかし、2004年アジア津波、ハリケーン・カトリーナ、ハイチ大地震、たび重なるバングラデシュの洪水災害などの後に行われた研究によると、障害者のコミュニケーション面でのニーズについては十分に考慮・理解されていないことが明らかになっている。2010年のハイチ地震、2004年にスリランカとバングラデシュで起きた地震・津波、2011年の日本の地震・津波に関連する記事やレポート、ツイッターでのつぶやき、ブログは、移動能力や視力、聴力が限られている人々のニーズに応えるための十分な手続きが存在しない厳しい実態を示している。

 「アクセス可能性ガイド資料」の作成は放送事業者の知識ベースを拡大し、社会の最も脆弱な集団の一つの安全と福祉の問題への対応を進めることになる。緊急早期警報システムのメッセージは、ろう者、盲ろう者、学習障害や感覚障害を持つ人には理解できない可能性がある。障害者のための多様なコミュニケーション手段(テキスト音声合成[TTS]、手話、ビデオリレー、拡大代替コミュニケーション等)を理解することは、インクルーシブで効果的なEWSやSOPの実現に貢献するものである。

 このプロジェクトは、2012年4月19~21日に東京で開催された「ICTアクセシビリティの促進によるインクルーシブな社会の構築と開発:新たな課題と動向に関する国連専門家会議」の障害者との災害・早期警報コミュニケーションに関する作業部会の勧告の実施に向けて、各国政府および放送事業者に対する働きかけを行うことになっている。勧告のうち主要なものは次のとおりである。

  • 災害の際に障害者に効果的に情報を届けるため、普遍的な設計原理を満たし適切に設計されたアクセス可能な警報が開発されなければならない。
  • 災害および/または緊急時の警報および応答に使われるシステムおよび技術の設計・実施・管理に関与するすべての政府機関およびその他の組織は、障害者を含むすべての人々に対して普遍的アクセスを確保しなければならない。これには、可動式、固定回線、インターネットなどの電気通信網の電源供給に問題が生じた際に利用する準備・バックアップシステムと技術が含まれるものとする。
  • 緊急事態および災害への対応は持続可能であるともにアクセスが可能でなければならない。

 早期警報メッセージの放送にすべての脆弱な人々の集団を含めることの重要性を放送事業者に知らせるため、「アクセス可能性ガイド資料」は以下の課題に取り組む。

  • 国連障害者権利条約から生じる義務、および通信、特に早期警報システムに影響を及ぼす各国の人権に関する法制を含む立法上および政策上の問題。
  • 様々な障害を持つ人々のコミュニケーションにかかわるニーズに対する理解。「アクセス可能性ガイド資料」は身体可動性障害や視覚・聴覚障害(ろうおよび盲を含む)、認知機能障害など様々な障害に固有の情報に基づいて作成される。高齢者および複数または隠れた傷害も含まれる。情報は能力に関係なくすべての人に提供される。
  • 脆弱な集団すべてに情報が届くインクルーシブな早期警報連絡手段を実例で明白に示す問題解決法およびケーススタディ。様々な連絡手段(拡大代替コミュニケーション、盲ろう者サイン、ビデオ手話通訳)に関する情報を提示する。コミュニケーション手段の選択肢に関する最新の情報を提供するため、能力の異なる人々が使う各種補助器具(テキスト音声合成[TTS]読み取り機、携帯テレビ電話等)も提示する。

 「アクセス可能性ガイド資料」の作成は、結果として、早期警報システムおよび放送通信システムにおける障害者への配慮の確保に向けた政策および制度能力の両面で根本的なシステムの変更をもたらすであろう。

終わりに

 ABUの早期警報放送キャンペーンは、災害の前・中・後に正確で信頼できるタイムリーな情報を発信するための各国のコミュニケーション戦略の不可分の一部に放送メディアがなるのを阻んでいる通信・調整・能力などの面の格差の縮小を目指している。また、ABU加盟放送機関がその最も重要な役割 -タイムリーで正確の情報を伝達し、最終的には人命を救うのに役立つこと- を果たすための能力の構築を図ることも目的の一つである。

 2004年インド洋津波を受けてABUが着手したイニシアティブは、各国のEWBSを効果的に運用することによってつなぎ、地域全体をカバーする緊急警報放送システムを構築するという複雑で困難な課題への取り組みに関する考え方やアプローチ、提携関係が進化していることを明確に示している。多数の国家機関や国際機関など関与したすべてのステークホルダーの努力の結果、多くの前進があったことは否定できない。しかし、気候変動の容赦ない進行によりかつてないほど多くの自然災害が発生していることを考えると、前進のスピードは十分とは言えない。文明社会の特徴は、それが最も被害を受けやすい脆弱な集団を含むすべての市民を大事にする社会であることにある。その目標を達成するにはまだ多くの取り組みが必要である。

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Natalia Ilieva

アジア太平洋放送連合 事務局長補佐官

ソフィア大学経済学部(ブルガリア)
オタワ大学(カナダ)/ケント大学(英国)Joint MBA degreeプログラム修了
ブルガリア出身。BBCやヨーロッパと北米、アジアの商業放送局のNGOや慈善団体で20年以上にわたり出版、ラジオ、テレビの各業界で記者として活動。ABUでは戦略的開発、人材、渉外、マーケティング部門担当。

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