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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第30回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2022年2月~2022年3月

持続可能な世界を目指して~コロナ危機の中の挑戦~

放送の国際協力 ~ボツワナでの教育放送立ち上げの過程~

仲居宏二
放送コンサルタント

 日本はODAという仕組みで、これまでも多様で多彩な国際貢献を果たしてきています。それはあくまでも国家として相手国への貢献であり、相手国からの依頼を受けて物心両面での協力でありました。
 2008年、筆者は縁あって、アフリカのボツワナ共和国で教育チャンネル立ち上げに携わることになりました。その事業は国家間のそれとは違い、ボツワナ側へのピンポイントの協力であり、基本的にはボツワナがその経費も負担するという依頼でありました。その意味では民間の組織が一国家と”ビジネス“として関わり、また”人間関係“をベースに行われたものでした。

1. ボツワナ共和国

 この国の説明として、「南部アフリカの小国、カラハリ砂漠が国土の大部分、ダイヤモンド産出世界一、国土は日本の1、5倍、人口は約60分の1、人口密度は1平方キロに4人」というのが、よく使われる“形容”です。さらに独立後50年以上、複数政党での民主的な総選挙で作られる政党政治、独立時から現在まで一度も内戦(独立戦争、民族間戦争)を経験しない平和で公平原則を貫いている国です。
 ダイヤモンド依存型の経済からの脱皮を図り、”教育立国“を標榜している中進国でもあり、独立時からすべての村(コミュニティー)に学校を建設、国立ボツワナ大学を頂点に教育制度は体系づけられ、外国への留学生も相当数を数えています。義務教育は7年の初等教育、3年の中等教育の10年間、就学率はほぼ100%、後期中等教育の高等学校(2年)、大学(4年)となっています。
 国土が広い、それにもかかわらず、全国には義務教育の精神が行き渡っており、如何に教育に熱心なのか、その一例として都市から離れていても、数十人の小さな村落(コミュニティー)にも必ず学校があることには驚かされます。明治維新後の日本があまねく教育機関である学校を設置したことに通じるとも言えます。(1872年=明治5年発布の『学制』(教育令)にある『必ず邑に不学の戸なく,家に不学の人ならしめん』を想起させます)

 2008年から、縁あってボツワナ教育省のコンサルタントとして首都ハボローネに3年間滞在し、教育放送の開設に努めました。その時は国営のBTV(ボツワナテレビ)1チャンネルのみ、ラジオではダイレクトティーチングの放送がなされていました。政府はこれまでも北欧の視察団などからテレビ教育放送をすべきだと提言を受けていましたが、その報告書は教育省のロッカーに眠ったままでした。
当時の在日本大使は日本に滞在してすぐに日本の教育放送に気づき、それを実現すべく筆者にお声がかかったのです。大使から「ボツワナはVISION,MISSIONをコピー風に立てるのは得意だが、IMPLEMENTATIONが苦手なんです!」と聞かされていましたが、それは一種の謙遜であろうと思っていました。ですが、現地に行って初めて、その意味を十分に理解していなかったことに気づいたのです。

2. 教育省コンサルタントとしての活動

 放送の管轄省庁は、日本の官邸に当たる「大統領府」で、放送は国営のため、国家の中枢と直結しています。一方で学校教育にかかわる教育放送はラジオのみで、それは教育省が担っています。つまり教育省はコンテンツを制作し国営放送の電波に乗せてデリバーをする役目を負っています。
 テレビ放送(BTV)は1チャンネルのみで、私に託されたことは別のチャンネルを立ち上げ“教育テレビ”を実現することでした。それは教育省が以前から夢見ていた事業で、ビジョンやミッションはあるものの、それを実現することは難航していました。その原因は、前述した通り、主務官庁が二つ(大統領府と教育省)あること、つまり、チャンネルオペレーターは大統領府、教育放送のコンテンツプロバイダーは教育省ということだったのです。
 また、ご多分にもれずボツワナでも官庁の縦割りがキッチリしているだけに、さまざまな段階において、迅速な決断を得ることも難しい印象でした。どこのボタンを押せば、プロジェクトを少しでも進められるのかを探ること、官僚機構の中での横断的なこうした役割りもコンサルタントとしての筆者のタスクとしてとらえていました。

 〇まずマーケットリサーチを

 かつて番組制作をしていた時に、カラハリ砂漠のブッシュマン(サン民族)のドキュメンタリー制作で2か月ほど砂漠で彼らと共にテント生活をしたことがあります。それは1981年のことで、ボツワナはまだ独立したばかりで、アフリカの国々の中でも最貧国の時代でした。それからほぼ30年後に、ボツワナ政府(教育省)からのコンサルタントの依頼を受けるのですが、過去に滞在したことがあるとはいえ、いきなり長期滞在するのはやや冒険的過ぎる、まずは現地事情などの事前調査と称して4週間ほどのリサーチに出かけました。2008年4月です。
 首都ハボローネは中央官庁やショッピングモール、ホテルなどで一見したところ近代的な都市に発展していました。
 現地では教育省の局長、部長が教育チャンネル創設担当となっており、彼らとボツワナの教育事情、ニーズの有無、学校はじめ教育機関はどうなっているのか、政府の政策は届いているのか、を調べることから始めました。この調査のために、教師、教育省の現場担当者、またいくつかの学校訪問などを通して、さまざまな人たちと出会いました。
 結論的には現場ほどニーズは高く、教材不足の解消や生徒の学習意欲を高めるためにも、ぜひ教育放送を通じて学習者の理解や成果を高めたい、そのためにも早期に実現をという期待する声が圧倒的でした。
 生徒に配布されている教科書はほとんどイギリスの発行、しかも各生徒に行き届かず二人で一冊という実情も分かりました。また教師も地域によって格差があることも聞かされ、それによって教育の格差問題も潜在していることも知らされました。

 〇グランドデザイン、目標設定

 本格的な作業を進めるために、2008年8月より長期滞在し、”グランドデザイン“を設定することから取り掛かりました。そこから以下6項目を目標とすることを教育省との共通理解とし、プロジェクトの実現に向かって進み始めました。

  1. コンテンツプロバイダーとしての役割り(放送全体は大統領府の管轄、BTVへ番組というコンテンツを提供する)
  2. カバー領域の確認、「学校教育に資する」コンテンツ制作
  3. 教育テレビチャンネルが実現できた時には放送時間は1日6時間とし、次第に時間数を増やす
  4. 編成はいわゆる“マルチラン方式”、この6時間を同日に4回放送する(6h×4回)→(8h×3回)、再放送という考えではなく、いつでもアクセスできるために複数回放送する方式。
  5. 「ヒト、モノ、カネ」を確保し多様なニーズに応える
  6. 将来的には番組の二次利用による収入の道を探る


 〇2年間の進捗状況(2008年~2010年)

  • A. 不足だらけ
     前記したように既に音声(ラジオ)では放送サービスを実施、しかしそれらはストレートに教師が解説するのみのシンプルな放送内容。それも数年間、追加修正などせずに再放送を繰り返していました。
     さらにその制作要員は10数名、ラジオスタジオはひとつ、ラジオ番組は教科書をなぞるような内容でした。テレビでどういう放送をすべきかなどは全く検討もされておらず、なぜなら、それは“ないものねだり”であり、現実からはるか遠い世界のようにとらえられていました。その遠い世界を現実のものにする、Implementation がわたしの役目でした。

  • B. まずはプロジェクトチームを
     テレビでの教育放送を実現させるのにあたって、まずチーム編成から始めました。しかし、特別な専属職員(教育省の国家公務員)によるチームを組織し、そのチームがプランニングや内容を検討するという当たり前のスキームを立ち上げるまで相当の時間が経過したのです。
     教育省では学校教育が実施されていればそれでよいという考えが根強く、新たな人材を確保すること、それに伴う予算確保はまだ何も始まっていませんでした。
     外国から来たコンサルタントが、人事(教育省官房)や財政(財務省主計官)、さらにはBTVでの放送枠の確保、その編成(大統領府)に介入することも出過ぎたことではあります。しかし、コンサルタントとして最大限の成果を産むべく、各省庁の担当・責任者者(主に局長か事務次官)との折衝には大きなエネルギーを使いました。
     こうした各省庁とのコンタクトを続けることについて、彼らが外国人の筆者に快く応対してくれたその柔軟な姿勢に敬服しました。同時に垣根を超えて政府高官に接触することは、このプロジェクト実現に不可欠なものでした。さらにこうした各省庁との交渉の過程で、放送は国家の基本的メディア、そこに新たにチャンネルを設け、学校教育に活用する、そうした理解を得るための“アドボカシー(Advocacy)”が如何に必要であることを思い知らされました。

  • C. 目指すべきテレビでの教育放送を
     教育放送と言ってもカバーすべき分野は多岐にわたります。NHKを例にとってみても、教育放送は多くのジャンルの放送がされています(学校放送から生涯学習、福祉、健康、生活、趣味、外国語、子ども、子育て、文化・教養など)。その中でまずは学校教育に資する放送は喫緊の課題、特にボツワナは”教育立国”を標榜しているので、国民の学力アップを目指しています。その早道として学校放送から始めるという選択肢を選んだのです。
     その実現には、特に国土が広く、人口もまばらに散在している土地柄、放送の役割は大きいということを、チーム内外問わず、ステイクホルダーに共通した認識を持ってもらう必要がありました。そこで、キャッチコピー風に放送が教育に資することを以下のように定義しました。

 DEEという基本的考え方を

  • Democratic (誰でも共通の番組視聴ができる、地域差なく共通の教材で学べるので民主的でもある)
  • Economical (広い国土に同時に電波で届けられる、一斉送信のため経済的である)
  • Effective (視聴覚による映像番組で教育効果が得られる)

 放送の利便性で全国的に教育格差がなくなる、平等と地域格差の解消が果たせる、放送の特典とその活用が担保される。これを共通認識とする。
 どうにかスタートしたプロジェクトチーム、そこでの主な議論はどのように映像化した教育放送ができるか、それらがどのように使われることを目指すか、教室で使われる番組の内容や目的、方法論でした。

 活用目的に分類を(学校放送番組)

  1. 知識注入型(知らない世界を知る。歴史、理科、化学など)
  2. 発展学習促進型(事例をより普遍化する。社会科、生物、地理など)
  3. 議論やコミュニケーション助長型(道徳、健康・保険、福祉など)

 このような分類をもとに制作目的を明確にし、授業内でいつ視聴するのか(冒頭、中間、まとめとして最後に)、といった予め利用しやすいような番組の使い方を定める、などを考慮して番組を作ることの確認を取りながら議論を重ねました。

3. 試作番組を作るために、試験放送期間を設定

 こうした基本的な理解を得るための”準備”のために、あっという間に2年が経過しました。教育省ではさらに1年間の契約延長を希望、筆者としてもプランニングだけでは不十分なので快諾、もう1年で”カタチにする”ことを願って滞在を延長しました。

 〇収録のための機材導入から

 2年もの時間を議論に費やしたので、まずは”On the job training“として、どういう番組を作ればよいのかという具体論を進めるべきではないかと考えました。しかし、《ボツワナ教育テレビ》(BETV)は、未だ国家の優先事項に位置付けされておらず、先立つものがない。そんなとき、在日ボツワナ大使が名案を考えてくれました。「かつて日本がボツワナに円借款していた数億円が債務帳消しとなり、大使館に残っている。それを使ってまずは機材購入をし、試作番組の制作にあたれないか」ということでした。各方面にこの案件を説明、日本としてはその使い道はボツワナ政府に任せる、ということで決着。早速NHK関連会社(NHKメディアテクノロジー、現NHKテクノロジーズ)にこれだけあれば一定の番組が作れるだけの映像番組制作の機材の見積もりと手配をお願いし、ようやく機材を導入することができました。ボツワナへ初めてのデジタル映像制作の機材一式として、最新のデジタルハイビジョンカメラ3台始め音声機材、照明機材、2種類の映像編集機、の購入、ナレーションなどの“音入れ”ブース設置を教育省にしてもらいました。
 その後、NHKメディアテクノロジーの技術者がボツワナに来訪し、設計からインストールまでを短期間に行い、2010年11月にセッティングが完了し、これで試作を実行できるようになりました。

 前記したように教育省は制作スタジオなどを持っておらず、国営のBTV(ボツワナテレビ)の建物内にこれらの機材などを導入せざるを得ませんでした。つまり、教育省が間借りをしていることになり、この段階でもかなりの無理を通したことになります。(エピソード的な話ですが、BTVの技術担当者はデジタルハイビジョンカメラ、ノンリニア編集機などに高い関心を示し、これらもBTVで使いたいと申し入れもありました)

 〇日本への視察、訪問(2009年10月、2010年9月)

 3年の間に教育省、大統領府の高官は何度となくNHKエデュケーショナルを訪ね、現場の制作者、プロデユーサーたちと多様な教育番組の制作方法や開発の経緯などを話し合い、番組企画の重要性を認識してもらいました。
 もちろんどのような機材で制作するか、最新の機材を導入しているNHK放送センターは大いに関心を持たれた視察でした。
 NHK本体は側面から関連会社を応援することも明言し、教育省担当者たちは、会長初め担当の理事たちと将来の進め方について熱心に議論しました。
 彼らはNHK放送センターの見学などの視察を通して、世界有数の巨大放送局であるNHKと自分たちの組織のあり方にギャップを感じたことと思いますが(チャンネル総数、要員、8Kなどの最先端技術)大きな刺激となったことは確かです。

 〇コンテンツ確保の道を

 機材導入・視察を終えても、いっぺんにすべての番組をゼロから作ることは簡単ではありません。そこで、「NHK大科学実験」(英語名 Discover Science )など既存の番組を購入し、それを基本コンテンツに据えて、番組冒頭と終了時にボツワナの教師が解説を行うようなスタイルから始めることを提案しました(番組の調達方法として“インハウス制作、委託制作、購入”によって多様な番組を集める)。NHKの高校講座のようなスタイルで、3台のカメラを使って、ある教室でモデル授業を収録し、可能な限りグラフィックや生映像を使い、視覚効果を高めるように努めました。 また、ボツワナサイドから理科分野、算数・数学、議論を深めるような討論番組などが必要であるという意向があり、それを受けて、演出的には決して高いとは言えない番組でトライアルをし、制作スパン、制作要員、予算などの標準モデルを一緒に探っていきました。このとき、NHKエデュケーショナルからディレクターを短期派遣してもらい、その指導者としてサポートしてきました。

 〇プロジェクトチームに見合う編成表を

 放送枠確保にあたっては、BTVとの折衝が必要でした。少ない要員、限られた機材といった、能力に見合う編成として、まだ1チャンネルしかないBTVの放送時間の中で、1日2時間の放送枠を確保できることになりました。(番組数は1日8番組。)
 番組を定期的に時間通りに編成することの重要性、年間計画や新番組開発など本来の放送局の持つ機能を短期間で習得してもらう目的で、編成・制作・スケジューリングなどが動き出しました。

 〇放送開始を6月第一週に(2011年6月13日)

 試験放送当日は、教育省にとっては全く新しいテレビによる教育が開始されることを祝し、政府からは各大臣始め高官が、日本からは在ボツワナ大使、NHKからの代表、関連会社の代表などが参列したオープニングセレモニーが執り行われました。その様子はテレビニュースや新聞で大きく報道され、いよいよ新しい分野に挑戦する放送が始まりました。
 この段階ではBTV1チャンネルに“間借り”しての試験放送、当初の目標のモアチャンネルとしてのBETV(ボツワナ教育テレビ)には至っていませんでしたが、この試験放送でより発展、独立したBETVの期待が高まりました。

 このころからアフリカ大陸でも放送のデジタル化(伝送方式)が検討され始め、ボツワナでも近未来の放送の在り方が政府としても重要な課題になっていました。(結果的には日本方式を採用した唯一のアフリカの放送局になりました。)このデジタル化への動きが、実は今回のプロジェクト推進の障壁となっていたことに、プロジェクトを終えてから気づかされることになります。

 〇送る側の事情と受け手との環境や条件のギャップ

 試験放送は2011年6月とし、その間に、BETVとして放送時刻表に従って番組を送出する、全国の学校の授業で活用する、この当たり前のことができるようボツワナのスタッフたちは制作や定時放送のスキルを身に着けることを目指しました。筆者はそうした指導にあたりつつ、放送が始まったことで見えてくる様々な問題点や現場の教師からの要求などを集約、本放送を見据えた情報収集を始めました。
 その結果わかったことは、本放送への足掛かりどころか、一部?多く?の学校で試験放送もまともに受信できないという、予想外の受け手の事情でした。学校からは1.テレビ受像機がない(足りないことも含めて)2.その受像機の管理ができない(盗難にあう恐れがある)3.BTVの電波が受信できない(電波が全国の80%しかカバーできていないので)などの問題が訴えられてきました。
 そうした訴えに対し、学校運営の責任官庁である教育省は、予算の問題で対応できず、結局未解決のまま試験放送を続けることになりました。
 この課題は、アフリカの共通問題として、これまでも頻繁に取り上げられている問題点に通じます。アフリカ側から発信される「外国の援助なくしてはできない」「物的サポートが必要だ」といった、“モノ欲しさ”です。
 ボツワナは既に中進国として位置づけられているにもかかわらず、ものごとが計画通りに進まないのはなぜか、アフリカとかかわりを持つ人たちが明確な回答を得られない状況は今でも繰り返されています。

 〇アセスメントレポート(2012年3月)

 試験放送開始から9ヶ月が過ぎ、フォローアップのため、各番組の担当者はじめ、学校などの聞き取りを行い、前述したような問題点、要員増加、特にマネージメントの充実、機材などの補給強化、より幅広い番組提供などをコンサルタントとして進言しました。
 また制作現場は、教育省がより強いリーダーシップを発揮すること、BETVとしてモアチャンネルを早期に実現することを教育省に強く要求していました。
 残念ながら、この時に指摘した様々な問題点は未解決のままで、今でも”試験放送“が淡々と続けられている状況です。

 結果的には筆者は3年間の契約期限も終了、ボツワナを後にして現在に至っています。一介の放送人として、近代的な国家であるボツワナ国に単独で滞在、大臣や政府高官と数えきれないほどの面談ができ、また彼らが訪日した時は必ずNHK会長はじめ、主要な関係者に表敬し話し合いの機会が得られたことなどの協力関係は、民間レベルでのプロジェクトにとって、大きな支えでした。
 3年間コンサルタントとして従事しましたが、報告したように、目標達成はなかなかの困難でした。その原因としては、ニーズがあるにもかかわらず、政府の優先事項になりえなかったこと、併せてデジタル化という新しい放送の技術革新、さらに教育番組の内容に責任を持つべき教育省と、放送そのものを管轄する大統領府との折り合いをつけることが”官僚機構”の中でスムースに運ばなかったことを挙げざるを得ません。

4. その後のボツワナの放送事情

 教育テレビ創設以外でボツワナの放送局との関係をご報告しますと、日本政府は外務省の文化無償協力でBTV(ボツワナテレビ)に番組提供を実施してきました。2013年にはNHKインターナショナルを通じてNHK番組で日本を紹介するドキュメンタリーや教育番組など合計38タイトル、464本、総時間数7944分を提供、この中にはJAMCOの保有する8タイトル、84本、1203分も含まれています。

 〇その後のボツワナ政府と日本政府の動き、デジタル化の推進

 筆者が本プロジェクトから離れた後、ボツワナ政府は日本政府に大きく頼っていきました。デジタル化は、日本の総務省の熱心な働きかけやODAの一環である”技術協力プロジェクト“(技プロ)として日本政府が大きく関与(日本の負担でデジタル化を推進する)することになりました。つまり「自前で立ち上げる」ことから「日本がやってくれるならば、、、」と当事者意識にも影響したということです。日本政府はデジタル受信ができるHDテレビ受像機(供与台数は不明)はじめ送信に必要なトランスミッター設置(全国に80か所ほど)、さらにデータ放送制作用のPCなど関連機材の物的な支援をしました。日本でのBTV職員の研修もそのプログラムの一環でした。物心両面でのODAによる協力です。
 さらに総務省としてはデジタル化の大きな役割りとして、番組と連動したデータ放送という高度なシステムをボツワナで実現しようと、JICAは八千代エンジアリング株式会社にこの”技プロ“実施を全面委託、2016年にその「実施完了報告書」が出されています。

 〇放送におけるデジタル化へ向けての優先課題

 プロジェクトが終わった後、教育省も放送のデジタル化に大いに関心を持っているということで、2014年2月、筆者はコンサルタントとして再びボツワナを訪ね、どのような授業ができるかを教育省や現場教師の前で“モデル授業”もプレゼンテーションをしました。生徒にタブレットを持たせ、教室の大画面のモニターで番組を見せる。各自の持っているタブレットで理解度などを即チェック、それらが教師の手元に瞬時送られる、それによって理解不足や間違った点を授業中に打ち返す(双方向性を活用した授業)、こうしたことがデジタル放送で可能になると具体的に提示しました。教師たちは、それが大きな授業改革になるとを深く理解してくれました。
 しかし、ボツワナでの放送の主務官庁はあくまでも大統領府で、彼らの優先事項は送出システムのデジタル化と新機材を導入してのデータ放送でした。つまり教育省の掲げる今回のプロジェクトは、はBTVのデジタル化推進の中に埋没したのではと思われます。あくまでも放送局であるBTVが放送に対して主体的に戦略をたてる機関であり、教育省はコンテンツ・プロバイダーの枠を脱することはできなかった訳です。

 筆者としては、まだボツワナ全土に放送電波が行き渡ってもいない段階で、いきなりデータ放送というハードルの高いデジタル化を導入することは時期尚早だと思っていました。放送は、結局コンテンツ(番組はじめ付随するサービス)を視聴者国民に提供し、視聴者からの支持があって成り立つのではないかと今でも思っています。
 プロジェクトに携わった3年間、教育の世界に新しくテレビという”視聴覚理論”の活用を導入、その理念を番組で反映し、役立てられるように、という当初の要望を実現することが重要だと考えていました。教育省とタッグを組んでスタートした試みでしたが、デジタル化という目新しいツールに国の関心が移ってしまったことが残念でなりませんでした。国内、海外での教育と放送を支援してきた経験から得た制作者サイドからの思いではありますが、新しいテクノロジーも利用者、享受者に如何に役立つかを抜きには考えられません。

 〇2021年、ボツワナの今は、

 ボツワナでもコロナ禍は深刻な状況にあり、ロックダウンや緊急事態宣言を間歇的に実施し、防御に必死のようです。ワクチンも中国から無償提供されているとか、まだ接種の件数が低いなどの問題があります。国境閉鎖すると売り物の観光産業がダメージを受け、経済的にも危機に直面していると聞いています。
 この原稿依頼を受け、筆者は既に異動などで元の職場を離れてしまっている元同僚の政府役人に、なんとか現状について聞けないかと、コンタクトを試みました。現在、彼は教育放送と離れた省庁の部署に在籍しているものの、それなりに”出世”した幹部官僚で、情報収集に協力してくれました。それを整理すると以下のような放送状況です。

  1. 地上デジタル化はまだ完全には達成できていない、全国80数カ所にある送信所へのデジタル送信機(全国80数か所の送信所への設置)の問題と、従来のテレビでデジタル放送を見ることができる”セットトップボックス”の設置・配布が遅れている、コロナ禍もあってまだ完了する見通しが立っていない。
  2. しかし、教育番組の”試験放送”的な放送はやっている。データ放送で国民へのサービスを拡大させることと同時に、新たなチャンネルを予定、青少年・スポーツ・文化省に青少年向けのサービスを提供する目的という前提で”試験放送”をやっている(インハウス制作の番組ではなく殆ど購入番組でカバー)。
  3. 教育省が制作している「教育放送」(教育省が制作)は、BTV第1チャンネルの中で2時間の枠で放送を継続している。コロナ禍で学校が閉鎖されたので、この番組を家庭で見られることで、辛うじて本来の役割が果たせている。(現在の編成表は詳らかではないものの、基本的には試験放送の通り実施している模様)
  4. いずれも放送の主管官庁の大統領府内の放送サービス局(DBS)が担っているので、コンテンツ制作の各省(BTV、教育省、青少年・スポーツ・文化省)とのイニシアチブの課題が残っている。

 つまりインフラであるデジタル化の必須な送信機、受信機が普及できていないので、コンテンツの充実にはまだ先の問題だということがわ分かりました。この実情を聞いて、筆者はデジタル化に伴う付加的なサービスであるデータ放送より先に、放送内容(番組)で国民に分かりやすく提示できることがより大事ではないかと遠くから思っています。

 ボツワナもコロナ禍で深刻な状況ですが、学校閉鎖が行われている中で2時間の放送コンテンツが期せずして役立っていることは、妙な感じです。つまり当初の目的とは少々違ってはいますが、自宅学習に適している、自主的に学習する(教師の介在無くして)などコンテンツが役立っていることは嬉しいことです。この意味で未だ完成形ではないものの、地味に継続している学校教育番組はボツワナの教育に一石を投じたようです。
 日本でも『NHK For School』へのアクセスが増大し、リモート・オンライン授業の一助として新たな評価につながっている、ニーズに応えられていることと共通しています。

5. 放送の国際協力とは =SDGsを根底に置いて=

 世界的に見て放送の伝送(電波を受信者に届ける方法)がほぼデジタル化しました。これはあくまでコンテンツを届けるための方法論です。同時に、伝送がデジタル化すると、これまでと違った付加的なサービスが可能になります。先進国のみならず、各国でもこの新しいテクノロジーをいかに活用するか、サービス合戦を展開、眠っていたニーズ発掘し、それらは利潤追求の大きなメリットがあるのではないかと、しのぎを削っています。
 スマートフォンの普及と共に、電波で受信する放送もスマホで見られるサービスも差異がなくなりました。今は、コンテンツが利用者に如何に役立つか、実利を超えての文化や教養に資するか、といったことを軸に、幅広くアクセスできるように大きく変わってきています。
 筆者はアフリカやアジアの新興国での放送コンサルタントとして、あるいは専門家として、それぞれのニーズを目の当たりにしてきました。彼らのニーズは突き詰めて言えばコンテンツ、番組のメッセージ、所謂ソフトの提供の仕方であり、インフラである送出・伝送というハードとは異なった関心でした。
 以下はボツワナ以外の国々での体験から得た、放送の役割と意味付けを整理したものです。

  • A. 民主化のための放送の役割り(南スーダン、ウクライナ、ミャンマー)
  • B. サービス充実のためのニーズに叶ったコンテンツの制作(ベトナム、ルワンダ)
  • C. 伝統と近代化をどうつなぐか、テレビは何ができるか(マラウイ、ブルネイ)
  • D. 安易な映像化を超えて何ができるか(カンボジア、シンガポール)
  • E. 客観報道、番組を通じての日本との協力(ケニア、カタール)

 これらの国々への関わりは、JICAや政府機関の活動、海外のNPOの依頼など、経緯はほぼそれぞれ異なるものの、共通するのは「人材育成」でした。
 よくアフリカ支援の場で語られるフレーズがあります。『自分たちは魚が欲しいのではない、その釣り方が知りたいのだ』と。彼らは一義的には”モノ”を求めます、足りていないからです。しかし、自立して事を為すためには自分たちですべて担わねばならないことを知っています。その具体的な方法を彼らと一緒に解決していくことを目の前で見せていく、つまりOn the Job Training (OJT)を求めています。その意味でも共に解決する姿勢をもつことに理解と納得が得られることも経験上よくわかりました。その”人材育成”こそが重要なファクターであることを痛感しています。

 パブリック・ディプロマシーが言われる中で、ストレートに国家意思を放送するだけでは視聴者に届かない、身近にかつ客観的な報道や番組を提供して初めて放送が信頼される、この当たり前のことを実現するために、それぞれの国の現場スタッフと共に、それぞれの国に見合う方法を探りながら制作に参加してきました。
 各国状況(政治体制、受信環境、機材など物的条件)の違いはあるものの、今や映像でメッセージを送ることは安易にできる時代です。コミュニケーションの大きな役割としての放送は、どのようなプレゼンテーション(番組の演出・方法論)でメッセージを伝えるかがコンテンツ制作のポイントです。こうした認識を前提にした上で、具体的な撮影や編集で内容を過不足なく伝えられることは制作者のスキルです。時に、意見の対立やロジックの問題で激しく議論もして来ました。意識的に努めてきたことは、“共生”という考えです。単に謙虚さとか下手に出るとかのテクニックではなく、一緒にそれぞれの課題を限られた条件でいかに実現できるかを、常に自分にも現地スタッフたちにも問いかけ、協力関係を築きました。

 放送の技術革新は日進月歩、さらにスマートフォン始めデジタルデバイスで映像を撮る、それを発信することが誰でも可能になりました。これまでは放送局の”特権”(番組を作る、それを一斉にあまねく発信する)でしたが、途上国・先進国にかかわらず、デジタル化の恩恵は世界的に普及しむしろ爆発的です。この中で放送はどうあるべきか、ネット上に溢れる情報洪水の中で、「信頼性」「継続性」「社会に資する」「質の高い内容」で差異、つまりアドバンテージを付けることです。
 それぞれの社会には様々な課題があり、それを積極的に取り上げ、社会発展に役立つサービスを安定的に継続することが、放送の使命と言えます。SDGsの一環として、放送もこの目標に取り組むことが求められています。

(謝辞)
 政府関係でもなくある意味で個人的なつながりでボツワナの放送支援に協力しましたが、多くの方々のご理解や協力があってここまでたどり着きました。固有名詞を省かせていただきますが、以下の方々との関係でこの拙稿を完成できました。

  • ボツワナ
    教育省 パートナーの方々、大臣始め事務次官、副事務次官の方々
    大統領府 大臣、DBS(放送サービス局、BTV)の執行部の方々
    財務省 主計局主計官
    外務省 大臣、アジア担当局長
    在日ボツワナ大使館 歴代の大使の方々

  • 日本
    外務省 官房長、アフリカ第二課
    総務省 国際経済課
    在ボツワナ日本大使館

  • NHK関係 関連事業局
    NHKメディアテクノロジー(現NHKテクノロジーズ)
    NHK研修センター
    NHKインターナショナル
    NHKエデュケーショナル

仲居宏二

放送コンサルタント

 放送コンサルタント(番組制作、編成論、公益性などをTVプロデユーサーの視点から、新チャンネル立ち上げ、放送局改革についてのアドバイス)  1970年NHK入局、通信教育部配属。その後名古屋放送局、学校放送部、広島放送局などを経て番組制作局企画開発チーフ・プロデュ―サーへ。1993年ニューヨークのNHエンタープラズ・アメリカ副社長、1996年教養番組部統括プロデューサー、学校放送部長、放送総局エグゼクティブプロデューサー(日本賞事務局長)を経て、1998年NHKエデュケーショナルへ出向、1999年より同常取締役、2008年、ボツワナ教育省コンサルタント。3年間ボツワナに滞在、2011年NHKエデュケーショナル業務主管、2012年より聖心女子大学教授、2017年同定年退職。その後主にNHKインターナショナルで専門家、JICA短期専門家などでアジア、アフリカの放送局支援、国際協力に携わっている。

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