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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第25回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2016年12月~2017年6月

主要国のテレビ国際展開の現状と課題

論評 過熱するコンテンツの国際競争

田中 孝宜
NHK放送文化研究所 上級研究員

放送コンテンツの国際展開をめぐって、海外4カ国と日本の研究者や実務者から、それぞれ歴史的経緯、サービスの実態、展開の主体・対象、方法、戦略・目的を報告していただいた。目的の優先順位が異なり、得意なコンテンツが異なると、おのずと国際展開の戦略やビジネスモデルも違ってくる。

目的については、中国やトルコは、「中国の視点を世界に」「トルコから異なる視点を」と報告に書かれており、欧米に対抗する視点を提供するという政治的意図が前面に出されている。そのため力を入れているコンテンツはニュースのようだ。一方、韓国、日本は、当初は政治目的もあっただろうが、現在は経済目的を前面に押し出しているように感じる。コンテンツについては、韓国はドラマとバラエティが大半を占め、日本はアニメが伸びている。BBCの目的を見ると、ワールドワイドはコンテンツの販売というビジネスファーストのように感じるが、BBCは、ワールドワイドの他に、BBCワールドニュースや多言語放送BBCワールドサービスというニュース中心チャンネルもある。特にワールドサービスは、政府からの交付金の増額が決まっていて、政治目的の色彩が強い。BBCは複数のルートで経済、政治の目的を果たそうとしている。

そうした違いを超えた共通点もある。何よりも印象に残ったのが、積極性である。各国ともコンテンツの海外展開を国の重要政策の一つに位置づけ、前のめりともいえる勢いで推進していることがうかがえる。その結果、コンテンツの国際競争も激しさを増している。シンポジウムの趣旨説明で、ロイヤル・テレビジョン・ソサイエティ(以下RTS)の年次大会に触れたが、その会議で、現在コンテンツの国際市場は「バブル」だという発言がされていた。その背景として、コンテンツ制作者は何を作れば売れるのかがわからず手探り状態だとして、ある参加者はこう説明した。「放送局は、より多くのオリジナル作品、より多くのスポーツ、より多くのニュース、より多くの娯楽番組、『すべて』でより多く制作して対応している」。

世界で売れるコンテンツをどう作るのか、溢れるコンテンツの中で自らの存在を際立たせるには何が必要か、今回のシンポジウム参加国も試行錯誤を繰り返しているというのが正直なところではないだろうか。中国やトルコは、高予算・高品質の番組の制作を目指しているとの報告があった。この戦略は、BBCと同じである。BBCワールドワイドの報告でも、プレミアムコンテンツをハイエンドの視聴者に向けて制作することが述べられている。BBCはすでに高品質という定着したブランド力を持っているので、この点は他国を大きくリードしている。一方で、日本はアニメ、韓国は韓流ドラマとキラーコンテンツを持っているからだろうか、報告では、コンテンツの質より提供方法、ビジネスモデルの高度化に重点を置いているように感じる。BBCの最近の動きを見ると、2016年からテレビ放送をやめてネットだけでの放送に切り替えたBBC3や、シンガポールを拠点に始めたBBC Player、アメリカでのBritBoxなど、インターネットのオンデマンド・サービスの充実に優先的に取り組んでいることがうかがえる。放送だけではなく、ネットの有効活用もコンテンツの海外展開のカギを握りそうである。また、韓国の報告で紹介されていたアメリカに子会社を設置した放送局の例や、アメリカで番組制作も行うBBCアメリカのように、現地のニーズを的確にくみ取り、つながりを築く努力も必要だろう。過熱するコンテンツの国際競争の中で埋没しないために「ブランド力」、「オリジナル・キラーコンテンツ」、「ネット活用」、「現地の視聴者とのつながり」などがキーワードとして挙げられると思う。

さて、2017年、各国ともさらにコンテンツの国際展開に力を入れて取り組もうとしている。最新の動きを紹介したい。

BBCは、トニー・ホール会長が、年頭の職員に向けたあいさつの中で、「国際展開の強化」を今後10年間の重点目標の一つに位置づけた。その中で、ホール会長は、「BBC はすでにイギリスにとって重要な“輸出品”だが、EU離脱が決まったいま、BBC はこれまで以上に重要になる」と述べた。そして、BBC が世界レベルの制作力を維持し、BBC 制作の優れたコンテンツを広く世界に出すためにもBBCワールドワイドの力が不可欠であると説明し、BBCワールドワイドがBBCの将来を拓く要の一つになるとの認識を示した。

また中国からの報告に、CCTVは「政治宣伝」や「お役所臭さ」というものが、中国のテレビが海外市場を開拓する上での足かせになっているという指摘があった。CCTVにとってはこのイメージを払しょくすることが課題となっているが、2016年12月31日からCCTVは国際部門を分離し、新たに China Global Television Network(CGTN)の名称で サービスを開始した。これまで CCTV ブランドで展開していた英語、フランス語、スペイン語、アラビア語、ロシア語、英語ドキュメンタリーの 6 つの外国向けチャンネルを CGTN に移して、ブランドの刷新を目指すという。中国国内で禁止されているツイッターやフェイスブックなど SNS やモバイル端末向けにもコンテンツを配信する。本部は北京の CCTV 内に置き、海外の制作・放送拠点としては、これまでのワシントンとナイロビに加え、ロンドンにも新設する予定だという。ただ、CGTNのサービス開始に合わせて、習近平国家主席が「中国のニュース、声を世界に伝え、奥の深い、彩り豊かな中国を世界に理解してもらい、世界平和の建設者としての中国の役割を見せて欲しい」と祝辞を述べている。名前を変えることで政治宣伝の色合いをどこまでぬぐえるのかはわからない。

トルコはどうだろうか。TRTの英語放送は2017年1月13日、トルコの衛星トルコサットおよび世界的な衛星配信会社グローブキャストと提携し、番組視聴可能なエリアの拡大を目指すことを発表した。2017年前半には、世界の 190 か国をカバーする予定だという。TRT のセニョル・ギョカ会長 は「人道主義に焦点を当てた現場からのニュースを世界に提供するとともに、国際ニュースの報道に新しい視点をもたらし続ける」と語った。しかし、トルコからの報告の中で、「TRTの持つ政府の代弁者というイメージは、TRTのトルコ国内での評判を傷つけているだけでなく、国際舞台におけるソフトパワーについても疑問を投げかけている。」との分析がなされていたが、放送範囲を拡大することで、TRTが期待するような結果を得られるかどうかは不透明だ。

このように各国とも、より一層積極的な姿勢でコンテンツの海外展開を図ろうとしている。しかし巨額の費用をかけて番組を制作し、海外展開している現状はいつまで続けられるのだろうか。RTS年次大会で、BBCワールドワイドのティム・デイビー社長は「今のパーティー気分はあと2,3年続くかも知れない。しかし、制作費の入り口と出口を注視しておくことが必要だ」と話し、海外市場を目指して制作されている番組の多くが、制作費に見合うだけの収益をあげられず、いずれバブルが弾けるかもしれないという懸念を示した。世界的なコンテンツ・バブルのなかで、すべての国が自ら期待するような政治的、経済的な目的を十分に果たすのは難しいだろう。

シンポジウムの韓国からの報告では、日本と中国での不振が続けば韓流コンテンツの国際展開の根幹を揺るがすかもしれないとして、やや悲観的な現状が紹介された。しかし、コンテンツの国際展開は経済的利益を上げることが唯一の目的ではない。2017年1月末、韓国の国際交流を担う政府系機関、韓国国際交流財団が 、世界の 88 の国と地域で 1652 の韓流同好会が結成されているという調査結果を発表した。合計の会員数は 5939 万人で韓国の人口(5170 万人)を上回っている。地域別では、アジア・オセアニア地域での会員数が 4010 万人にのぼり、欧州が 1000 万人、南北アメリカ 900 万 人、中東 19 万人など世界的な広がりを見せているという。

コンテンツを通して韓国ファンが増えているというこの調査結果はコンテンツが持つ前向きな効果を示している。日本からの報告にあったように、JAMCOは国際交流を目的に長年コンテンツの海外展開を図ってきた。国際交流という目的は、政治・経済の影に隠れがちかもしれない。しかし、日本の外務省や国際交流基金、JAMCOなどが推進するように、コンテンツの国際展開を通して異文化理解が深まることへの期待は持ち続けたい。

田中 孝宜

NHK放送文化研究所 上級研究員

上智大学外国語学部英語学科
英国リーズ大学 国際社会文化研究修士
名古屋大学大学院 国際開発学博士

1988年、日本放送協会入局。2011年より現職。
主な研究テーマは、災害報道、国際協力、公共放送の世界的潮流など。

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