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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第20回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2012年3月~8月

東日本大震災、テレビは海外にどう伝え、海外はどう受けとめたのか

東日本大震災をどう伝えたのか?- 国境を超える災害報道の課題と展望(NHKワールドTVを通じた国際発信)

佐藤 俊行
NHK放送総局 特別主幹



<巨大地震発生と被害概況>

 2011年3月11日午後2時46分。筆者はNHK本部の22階建ての高層ビルの4階の自室に居た。部屋の2台のテレビはNHKの国内向けの総合チャンネルと国際放送ワールドTVを映していたが、突然、国会審議を放送していた総合チャンネルが大地震の来る恐れがあるとの緊急地震速報に切り替わった。宮城県沖の地震だといい、200キロ以上離れた東京までは大きく揺れることはまずないだろうし、東京に到達するまでにかなり弱まるだろうとも、判断した。また、緊急地震速報は外れることもあり、半信半疑でいた。気象庁が日本全土に張り巡らせた地震計がとらえた地震の第一波(P波)をスーパーコンピューターで解析して大地震になる可能性を判断し、地震被害をもたらす可能性のあるS波の来ることをできれば数秒前にテレビや携帯電話を通じて警告するシステムだが、いまだ完璧ではない。大地震が来たときにはどう身を守ればよいかなどと考えているうちに、大きな横揺れが始まった。

  揺れは周期が長いゆっくりとした横揺れで、1分2分と経過しても止まる様子はない。NHKの建物は最大級の地震が起きたときも、放送を出すという機能を失わないように設計されている。とは言え、廊下のすぐ外には、私のいる本館から別の建物につながる渡り廊下のつなぎ目があり、そこからはガチャンガチャンと鋼鉄のぶつかる音がし始めた。鉄道の車両が連結器なしにぶつかるようなもので、継ぎ目を見ていると、20センチ以上も建物同士に隙間ができたかと思うと、それが激しくぶつかる。その繰り返しがそのあと5分以上も続いた。つなぎ目などで少し被害はあったものの、幸い、NHKの建物は設計通りの堅牢さを示し、放送を止めるような被害にはならなかった。

 東日本大震災では、これまでに北海道から神奈川県まで1万5800人以上の死者が確認され、その大半が東北地方の太平洋沿岸に集中している。建物の全壊は12万8500、半壊が24万、いまだに33万人が避難生活を送っている。私も地震から1ヵ月後、仙台市の被災地を訪れたが、砂浜から内陸に向かって3-5キロは、殆ど跡形もとどめぬ惨状であった。海岸脇にあったガソリンスタンドのコンクリート壁は曲がって鉄筋がむき出しになり、津波の威力を示していた。多くの人命を救った5階建ての小学校など僅かな建物を残し、おびただしい瓦礫の山があちこちに残るだけだった。こうした津波の被害は太平洋沿岸の500キロに渡って続いている。ひとつの町がなくなってしまったところもあれば、被災者が戻ろうとしても、家族を奪われ財産も失ったいま、かつての故郷には戻れないケースも多い。

 死者のうち90%以上は津波によるもので、1年たっても3千人もの行方のわからない人がいる。地震の被害は2-5年もすると、インフラや建物などが復旧し、見た目には元に戻るのがこれまでの普通の地震のパターンだが、放射能汚染の福島第一原子力発電所被害とともに、大津波による完全な破壊が広範囲に続く今回の大震災は、元に復するまで長く跡を引くだろう。過疎化が進んでいる地域も多く、いくつものコミュニティーは、再建に難しい課題をかかえている。


<国際放送局の対応>

 日本列島が揺れたとき、NHK本館7階にあるテレビ国際放送のテレビスタジオと制作フロアーでは、激しい横揺れで建物がきしみ、機械や家具が倒れそうになる中、編集スタッフのある者は仁王立ちになり、あるいは机にしがみついたり、机の下に隠れたりしていた。NHKの国内放送総てのチャンネルは、地震発生2分後には緊急放送に切り替わった。NHK屋上のロボットカメラからの中継映像は遠い西新宿の高層ビル群を写していたが、いつもと違ってガタガタ揺れている。NHK周辺の道路では、ビルから出てきた人たちや歩行者らが、何もできず立ち止まったり、しゃがみこんだりしている。総合テレビの情報とともに、気象庁と国際放送局を結ぶホットラインは、地震のマグニチュードは7.9(最終的には9.0に訂正)、宮城県で震度7、高さが数メートルになろうという大津波警報を伝えてきた。

 NHKワールドTVは毎正時から30分がニュース、その後30分が日本やアジアに関する情報番組を編成している。いつにない大きな揺れを感じてから、ニュースルームでは録画で放送中の番組を中断し、特設ニュースを出せるよう準備が始まった。英語のタイトルや字幕を整え、放送を緊急に切り替えるための技術的手配をするなど、それぞれの担当者が準備にとりかかった。

 スタジオには3時からのNEWSLINEのアンカーに当たっていたジーン大谷が入り、揺れも落ち着いた2時57分に海外向けの放送を始めた。気象庁からの情報に加え、国内で放送している画像のうち、被災地からの映像を中心に世界に発信し始めた。地震が起きたときの画像を後から取り出せる仕組み(スキップバック・レコーダー=後に詳述)で、NHKの仙台や福島放送局内部の地震発生時の映像が再生される。地震のときに外で取材に当たっていたNHKのカメラクルーは、それぞれ現場の映像を送ってきた。そうしたNHKの国内放送の情報をベースに、スタジオに入ったジーンとニュースデスクは、当事者を意識した国内向け放送とは別に、第三者である海外の視聴者にもことの重要さが理解できるよう、なるべく大局的に伝えようと試みた。ジーンは1995年の阪神大震災のとき、小さなFM局でアンカーをしていたことを思い出しながら、日本国内でiPhoneなどを通じてNHKワールドTVを見ている外国人も想定し、地震のときにパニックを起こさず、冷静に対応するようにも呼びかけた。放送を始めて20分もしないうちに太平洋沿岸に設置した何台かのロボットカメラからは津波が押し寄せ、漁船や大きな石油タンク、自動車などがすごい勢いで流されていく映像が次々に映し出される。この時点で、今度の地震がこれまで我々が体験した地震と規模が異なり、2004年のインド洋大津波地震(マグニチュード9.0)に近くなるのではないかと誰もが認識した。

 NHKは緊急取材のため、14機のヘリコプターを各地に配備している。仙台市郊外の仙台空港にも1機が待機しており、多くのヘリコプターが格納庫が地震の揺れで壊れて出動できなくなっている中、地震のあと20分ほどで運好く飛び立つことができた。その直後に空港は津波に洗われ、駐機していた飛行機とともに多くの犠牲者を出した。NHKのヘリコプターは平野を遡る真っ黒な津波を映し出す。家や車を飲み込んだ津波の中では火事も発生し炎が見える。国内の映像を基本にNHKワールドTVはこうした映像を海外に伝え続けた。地震直後からの生放送は3時間に及んだ。NHKの国内放送を見ながら、日本語を英語にそのまま訳したり、海外の視聴者に地震や津波の情報を判りやすくまとめて伝えたり、映像を再編集して地震の大きさを知らせたりした。スタジオを支えるニュースルームではNHKの集めた情報のうち、海外の視聴者に伝えるべきものを選び、英訳をつけてスタジオにフィードするなど、総力戦となった。

 私の部屋のテレビは英BBCと米CNNの国際テレビ放送が見られるようになっており、チャンネルを回してBBCとCNNを見比べていたが、途中からはNHKワールドをそのまま放送していた。


<世界2千局以上が放送>

 NHKは1995年以降、海外に向けたテレビ国際放送をしており、2009年2月からはスタジオを最新のものにし、24時間、ニュースと情報番組で編成する英語チャンネル、NHKワールドTVをスタートさせた。あわせて各国の国内衛星やケーブルなどを通じ簡単に受信できるよう、現在、およそ130カ国、1億5千万世帯で受信できるようになっている。また、アメリカの公共放送PBS系列のおよそ70%は一日1回以上、NHKワールドTVのNEWSLINE(30分のニュース)を放送している。こうしたNHKワールドTVの通常の放送に加え、今回の震災ではBBCやCNNのようにそのままNHKワールドTVを放送した局があったほか、ロイターやAPTNといった国際映像通信会社による配信を通し速報として一部を伝えた外国のテレビ局はNHKで把握できただけで2千局を超えた。写真として使用した新聞社も数千社に上ったと推計される。


<NHKワールドとしての独自の取り組み>

 BBCやCNNは取材から放送まで英語でできるが、NHKワールドの場合、普段はNHKで取材した日本語のニュースが素材の大半を占める。今回は地震被害の大きさもあり、NHKワールドとして、津波の被害が大きかった気仙沼や南三陸に取材クルーを出し、英語のリポートを衛星回線を使ったIP伝送により送信した。また、日経平均で1万円を維持していた株価が震災後、8600円にまで暴落するなど日本経済への影響が大きかったことから東京証券取引所から毎時間中継したり、自動車用マイクロコンピューター工場が被災したことで、日本やアメリカの自動車生産ラインが止まったりするといった経済への影響にも重点を置いた。

 このほか、被爆者治療の専門家でアメリカ人医師が福島を訪れた話や、チェルノブイリで甲状腺がんになった子供たちを支援するNPOの被災地訪問、海外から訪れた救助隊の活動など、国際放送向けの取材を行った。

 一般のニュース以外の番組としては、NHKの旗艦番組「NHKスペシャル」に英語訳をつけた”緊急報告・東北関東大震災“(3月13日)”、“同・福島原発“(3月16日)、「クローズアップ現代」、”いま私たちにできること、ソーシャルメディア支援“(3月29日)”、”被災者の健康をどう守るか”に加え「Japan 7days」(日本に関する週刊ニュース)、「Asia 7days」(アジアに関する週刊ニュース)、「Asia Biz Forecast」(アジアの週刊経済ニュース)などで、津波のメカニズムや首都圏東京での混乱、脱出する外国人、原発の日本経済に与える影響、アジアの経済活動に与える大震災の余波などを随時編成した。

 NHKワールドは“Your Eye on Asia”をテーマにニュースの取材・制作をし、番組を編成している。世界で24時間、ニュースや情報番組を流しているチャンネルは30局前後に上ると言われる。NHKはこうした”国際競争“のなか、アジアからの客観的で信頼できる放送を目指し3年前に、英語チャンネルの拡大を図った。日本に限ったチャンネルでは対象が狭まりすぎ、また、BBCやCNNとは異なるアジアからの情報チャンネルという位置づけで、こうしたキャッチ・コピーになった。NHKが持つアジアの厚い取材網を利用できるのも国際的に厳しい競争の中で認めてもらうには大きなメリットになる。東日本大震災は当然、NHKが責任をもってカバーすべきアジアのテーマであり、震災直後暫くのあいだ、他の国際ニュースチャンネルが緊迫を増すリビア情勢などに時間を割く中、NHKは大震災中心の編集となった。こうした傾向は今も続き、番組編成でも大震災や福島原発事故をテーマとしたものを多く取り上げている。

 大震災に関する情報は日本語を含め18カ国語による短波ラジオ放送やインターネットにも掲載し、特にネットへのアクセスは震災後2週間でのべ540万人に達した。


<NHKの災害報道>

 NHKは放送法により、編集の自由が認められている一方で、災害対策基本法により、指定公共機関とされ、大規模な災害時には被災者の生命と財産を守るために、公共放送として防災情報を正確・迅速に伝える義務がある。こうした役割をもつ公共放送は世界で少なく、日本が地震、津波をはじめ、台風、局地的豪雨、火山の噴火など様々な自然災害を受けやすいという国情がある。地震や台風などの災害時、視聴者はNHKにチャンネルを合わせることが多く、視聴率は大きく跳ね上がる。今回の地震でも東京首都圏でのNHK総合テレビの視聴率は(午後テレビを消している家庭が多い時間帯であったため)、地震直前まで3%程度だったが、直後には15%に跳ね上がり、その後22%程度にまであがっている。災害報道は公共放送として視聴者の信頼を繋ぎとめる重要な要素である。NHKは職員の入社研修で、災害時にどのような対応をとるか、放送から技術まで系統的な教育を実施している。また、報道、特に送出に関わる部署では泊まり番の職員が、深夜、毎晩のようにマニュアルに沿った実地訓練をしている。その基本は気象庁の出した気象や地震情報を正確にかつ迅速に伝えるということになるが、あわせて、視聴者に冷静に対処するよう呼びかけることにある。実際の地震の時には、こうした基本動作に加え、カメラクルーをどこに出すか、ロボットカメラ映像の回線チェックやヘリコプターの発進など、関係する地方局のニュースデスクは応用問題を解くことになる。

 全国に460台のロボットカメラを置いたり、ヘリコプターを運用したりしているのは、災害時に対応するためである。災害時以外でも、ヘリコプターやロボットカメラは緊急ニュース取材に力を発揮する。空港に設置したロボットカメラは飛行機事故に、火山に向いたカメラは突然の噴火に、コンビナートや原発に向いたカメラは火災や事故に24時間対応している。また、緊急時以外にも、ロボットカメラからの生映像はさまざまなトピックに利用できる。日本のように四季があり、天気の移ろいやすい国では、天気予報の背景映像にも使える。災害や緊急時を想定したシステムであるが、日常的に使うことで投資を回収できているとも言える。


<スキップバック・レコーダー>

 1995年の阪神神戸大震災でNHK神戸放送局の泊まり記者が、倒れ掛かるロッカーや棚からものが落ちる中、ベッドを飛び出し取材用の電話に飛びつく映像が世界をかけめぐった。大地震の揺れを記録した決定的映像としては世界で初めてだったと言っても過言ではなく、当時、CNNはこの映像を使って、“世界のニュースはCNN”と、コマーシャルを繰り返した。世界に発信手段を持たなかったNHKとしては、悔しい思いをした。

 この映像こそ、スキップバック・レコーダーというNHKの技術陣が開発したシステムで記録したものだ。国際会議などでその仕組みについてよく質問されるが、この録画システムはハードディスクに常に映像を記録し、地震の振動を感知したとき、後からさかのぼって地震の前後の映像を取り出せる仕組みである。実際にはハードディスクは録画時間が限られているため、地震のセンサーと組み合わせて、地震を感知すると同時に、自動的に地震10秒前から映像を消さないで保存するシステムになっている。さまざまな改良が重ねられ、地震や突発事故などで決定的映像を撮影できることから、いまではかなり普及している。


<訓練の重要さ>

 こうした設備も人が使うもので、緊急時に放送人として何をすべきか日常的に対応できるからいざという時に役立つのである。今回、国際放送で地震発生直後から3時間も放送できたのは、そうしたNHK職員が研修や日常的訓練により災害を想定した準備をしてきた基礎があったためといえる。

 筆者も2004年のインド洋大津波以降、様々な機会に公共放送にとって災害報道が重要であることを、特にアジアの放送局に説明してきた。しかし、殆どの国は気象機関と放送局の連携を必ずしも緊急の課題とは受け取っていない。特にインド洋大津波のときは、災害報道を整備する絶好の機会と思って、NHKで国際会議を開いたりしたのだが、あのような大津波は2-3千年に一度とも言われ、次に被害を及ぼす以前にもっとやるべきことがあるというのが、多くの国の放送と気象関係者の認識であった。しかし、地球温暖化でさまざまな気象異変がしばしば、しかもこれまで起きなかったところでも起きるようになった今、放送が災害時に果たす役割は極めて重要であると思う。自然災害国日本にあって、NHKとして蓄積したノウハウがさまざまな災害や緊急報道に応用できることを、機会あるたびに強調している。


<福島原発事故>

 今回の地震がこれまでにない大きな衝撃を与えたのは、福島第一原子力発電所が津波によりメルトダウンにまでいたったことである。6メートルの津波しか想定していなかった原発に10メートルを超える津波が押し寄せ、非常用のディーゼル発電機の燃料タンクがすべて流され、非常時用電池も海水につかり、電源が完全に失われて、原子炉をコントロールできなくなった。東京電力の初期対応にはいくつも問題が指摘されている。事故としての評価についても、時を追って厳しいものとなり、現在は国際原子力機関(IAEA)の定める国際原子力事象評価尺度(INES)でチェルノブイリ事故と同じレベル7と位置付けられている(放射能漏れの量はチェルノブイリの10分の1程度)。また、原子炉で水素爆発があってから、炉内でメルトダウンがあったのかなかったのか、説明が何度も変わるなど、政府と東京電力の対応に大きな不安があった。政府などの発表には、事故の状況を把握できているのか、或いはできているのに隠しているのかといった“信用の問題”があり、日本人の間に疑心暗鬼を呼んでいる。

 NHKワールドは事故直後から、原発事故に関する日本政府の官房長官の会見に同時通訳をつけてNEWSLINEや拡大ニュース番組で対応した。日本政府からの情報が少なかったため、アメリカ国務省はNHKワールドTVから情報を得ていたという報道もあった。また、今回の事故は原発の安全性について世界的な影響を与えた。ドイツやスイスでは脱原発に動き出し、イタリアでは国民投票で原発に「ノン」の票が過半を占めた。

 現在、福島第一原発では冷却水を還流させ、放射能を取り除いたうえで、再び冷却水として使用するシステムをつくり、原子炉内の水温を80度以下に押さえむことに成功し、政府は冷却に一応の成果を収めたと発表した。しかし、メルトダウンした原子炉を完全に処分するまでには数十年の時間がかかり、その技術はこれから開発していかなければならない。放射能汚染の問題はNHKとして長期的に取り上げていく課題であり、NHKワールドとしても海外に伝えていかなければならないテーマである。

 また、日本への観光客の減少、少し高めでも安全で高品質なため海外で売れ始めた日本の農産品にも影響が出るなど、原発事故は国際的にも被害を及ぼしている。東京などの放射線量は事故以前のレベルに戻っており、国外にも広がる“風評被害”を防ぐため、科学的で客観的な”安全情報“を海外に伝えていくのも国際放送の役割であろう。


<終わりに>

 今回の大震災で国際放送の果たした役割については自画自賛になるかも知れないが、NHKの重層的で分厚い災害報道への評価は高い。地震直後、アメリカのワシントン・ポスト紙(3月26日)は“NHK報道の背景にある冷静さ”(The calm behind the headlines)という見出しでNHKの災害報道を特集し、かつてなかったほど、お褒めに与った。2011年5月のアメリカPBS総会・制作者会議や、11月のアメリカ公共放送の番組配信会議ではスタンディングオベーションとともに特別賞を授与された。ヨーロッパやアジアのテレビ局の会議でも、NHKが配信した津波などの映像は誰もの印象に残っており、NHKの力を再認識していただけたと思う。

 大震災をめぐるNHKへの国際的な評価は、常日頃、NHKが組織をあげて取り組んでいることへの称賛であると思う。3年前に国際テレビ放送を拡大したことで、NHKの取材能力の高さをやっと世界に認識してもらったものと考えている。テレビ国際放送は、BBCやCNNなどの旧勢力に、中東のアルジャジーラ、フランス24、中国CCTVなども加わり、激しい国際競争を繰り広げている。当然、放送を見てもらえるかどうかは、そのチャンネルが興味深いニュースを取り上げているか、そして信頼できるかどうかということにかかる。NHKという名前は日本語をローマ字表示した不思議な名前で、外国人には何を意味するかわかってもらえないハンディを負っている。「最初のNはNipponか?」と聞かれれば、まだ良いほうだ。被災者には申し訳ないが、今回の報道でNHKの国際的認知度は少し上がったと思われる。

 最後に主催者から今後の課題を示せと言われているが、国際放送は、海外の視聴者に興味ある題材を幅広くかつチャレンジングに取り上げ、報道姿勢が公正で信頼できるという評価を確立していかなければならない。厳しい国際競争のなかで評価を受けていくためには、報道すべき課題を愚直に追求していく健全なジャーナリズムの精神を変えない・・・何かわからぬがNHKという名の公共放送が日本にはあるということを認めてもらうのが今後の課題である。

佐藤 俊行

NHK放送総局 特別主幹

1948年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。在学中にアメリカ留学。 73年NHKに入り社会部、国際部記者、バンコク特派員、マニラ、ソウル、クアラルンプル各支局長を経て、99年国際部長としてアフガン、イラク戦争などの取材に係わった。 2003年から国際放送局長としてNHKのテレビ国際放送拡充にあたった。08年から現職、ABU(アジア太平洋放送連合)やPBI(国際公共放送)のNHK事務局統括を務めている。93年から03年まで、ABUニュース部会議長。

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