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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第20回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2012年3月~8月

東日本大震災、テレビは海外にどう伝え、海外はどう受けとめたのか

台湾メディアにおける「3.11」

宣 聖芳
台湾テレビ 東京特派員

<台湾テレビの3.11報道>

 1999年9月21日、台湾では「台中大地震」と呼ばれるマグニチュード7.6の大地震が発生している。台湾のメディア、そして、台湾の視聴者にとって、今回、日本で発生した東日本大震災は、この台中地震をまず想起させるものであった。

 台湾テレビの東京特派員である私は、取材のために新宿に向かう車中でこの地震に遭い、すぐ台湾・台北の本社に電話をし、今回の地震はただものではないという報告をした。その後は、携帯電話が通じなくなったこともあり、東京・台場にある台湾テレビ東京支局に戻ろうとしたが交通渋滞でままならず、有楽町の外国人記者クラブから、第一報の映像を台北の本社に送ることになる。ちなみに、外国人記者クラブの入っているビルは、電気は来ているもののエレベータが止まっており、外国人記者クラブのある20階のフロアまで、機材を担いで階段を上がることとなった。

 新宿から外国人記者クラブに向かう途中で、建物から外に出て近くの広場などに集まり、事態が落ち着くのを待っている市民の様子などを撮影。それらの映像を台北の本社に送ったのが第一報であった。

 地震直後の日本の市民は、このような地震に対して、以前から心の準備がされていたような、落ち着いた対応をしていることが印象的だった。

 私が外国人記者クラブから、最初にレポートを送ったのは午後5時頃。この最初のレポートで、地震で最も被害を受けたのは東北地方だが、首都の東京でも交通機関等で被害が発生していることを伝えた。私が映像を本社に送る1時間ほど前に、台湾テレビではCNNの速報を流していた。

 その日は、深夜まで交通が麻痺したこと、帰宅困難者が多数出たことなどを次々とレポートした。本社では、東京の様子を含め、その事態を相当深刻であると判断。取材チームを編成していた。発災当日の夜には、台湾の主要メディアが取材チームを作り、日本への出発の準備に入った。翌12日には、私も台湾テレビの取材団と合流し、被災地入りの準備に入った。


<被災地取材>

 災害報道とは、全体像が見えにくい取材であると言える。私自身、自然災害の取材は、これまでにも何度か体験しているが、自然災害の取材において、被災地に入った記者は、自分が取材に入ったポイント、ポイントしか見えず、他方で、他の情報をなかなか手に入れることができない状況になるため、その災害の全体像を理解することが難しくなる。従って、台北の本社の報道デスクは、さまざまなところから、いろんな情報を取り入れながら災害の全体図を把握することになる。

 自社の記者レポートのほかに、他のメディアがどのように報じているのかを確認しながら、現場にいる自社の記者から連絡があって、現場にいながらも災害の全体図を把握できることが重要な災害取材、もしくは、大事件取材の要件である。

 今回の場合、台北のデスクは、自社の記者レポートを受け取りながら、同時にCNNやBBC、NHKの報道、配信記事などを確認して、全体像を見極めることになる。

 もちろん今回の東日本大震災にあたって、最も参考になったのは、被災国である日本のメディアによる報道である。日本のメディアに関しては現在、衛星放送のチャンネルが増え、これらは台湾でも見ることができる。また、今回の震災では、インターネット経由で日本の放送局の報道内容を見ることができた。

 しかし、それらの日本のメディアによる報道も、情報が混乱していることが印象的であった。数字も違うし、そこで示される被害の大きさについても様々だった。従って、デスクとしては、どの情報を信じるかが難しかった。

 ただ、これまでの経験や印象からすれば、日本の放送局のなかではNHKが一番取材力があるという考えがある。勢いNHKのニュースをより多くチェックすることになるのだが、そのNHKについての印象を述べると、アナウンサーの口調は、大災害ということを強く感じないくらいの落ち着いた語り口で報道していることが印象的だった。この点については、さまざまな考え方ができると思う。

 このような災害報道において、報道機関として、この口調がいいのかどうか。そのような語り口であるがゆえに、その信頼性に対する疑いの声も生じた。

 他方で、そのNHKの独特な落着いた口調は反って、大災害になかに安定と安心感を視聴者に与えたのも確かなことである。当時、情報も状況も大変混乱しているなかで、他のメディアの報道ぶりと比べると、その落着いた口調は、信頼性のある放送という雰囲気を十分に示していた。

 それは、日本で取材活動をしている記者だけではなく、台北の本社にいるデスクも同様である。NHKをはじめとした日本のマスメディアの報道内容について、台北の本社にいるデスクは、その情報伝えの手法差に、伝達した情報の正確性、信頼性を、東京支局に何度も何度も確認してきた。本社からすれば、台湾台中大地震の経験があったため、大震災に対する一定の経験則に照らし合わせて判断をしようとする。そのことからすると、日本の報道の落ち着きぶりが、逆に信頼性を揺さぶることになったのではないか。例えば、津波は別にして、地震の被害はもっとひどいのではないかとか、被害者の数はもっと多いんじゃないか、とかである。

 特に福島原発の周りは、そんなに状況が良くないのではないかと考えた。もちろん我々は、発災当初、簡単に現場に行けなかったので、映像しか信じない、信じちゃいけないと考えたい。だから、日本のメディアのそういう映像をチェックする一方で、CNN、APTVとかの映像と見比べた。そうすると、現地は日本のメディアが伝えるのより、もっと状況は厳しいのではないか。翻って、日本のメディアは、現実を忠実に報道しているのかという疑問が湧いたのは確かである。

 この震災に直面し、日本のマスメディアは、非常に冷静に報道をしているように見えたけども、そこで提示されている報道内容が、真実かどうか疑問に感じたのもまた確かである。

 日本のテレビ局のなかでも、報道では最も取材力もあり、信頼できるとされるNHKにしても、その放送の冷静さの裏に、組織としての保守性が潜んでいるように感じた。取材により知り得たことを100%伝えていないのではないかという疑念も、発災当初からすでにあった。結局、台湾のテレビは、二日目からは、CNNやABCといった米国の大手メディアからの情報に頼る傾向が強まることとなった。逆に、日本のメディアによる情報は、参考程度の扱いとなった。

 その根拠になったのは、情報開示の程度の差である。

 例えば、米国政府が、在日米国人に福島原発から80キロ圏外に出るように発表したころ、日本政府はまだ30キロとしか発表していなかった。その差から見ると、台湾のメディアからすれば、一体どこまで原発問題が深刻な状態になっているか、日本のメディア、そして、そのニュースソースとなっている日本政府の対応を疑問視せざるを得なかった。日本のメディアが情報を得ていないか、危機管理をしている日本政府側が、日本のメディアに情報を開示していないのかはわからない。しかし、米国のメディアに代表されるように、それなりの情報を掴んできて、明確な伝達をしていたことは確かである。

 もちろん、海外のマスメディアの方が、日本の事情を細かに知らないがゆえに、センセーショナリズムに陥りやすいのは確かで、「走ってしまった」という批判はできるだろう。しかし、今回のように情報が少ない状況のなかで、何を信じるのかは難しい。とすれば、メディアは、できるだけ情報は提示する方がよいのではないか。


<熱しやすく冷めやすいマスメディア>

 台湾では、台中地震の経験から、日本も台湾と同じ海底プレートに繋がっているので、こういった大地震については、視聴者の関心も高く、発災当初、台湾メディアは、いち早く視聴者、読者に伝えたいという気持ちで、現場に入った。

 本社からはできるだけ現地の深いところに行くように言われた。これは各社同じである。私は、震災発生の翌日の12日の夜、福島に向けに出発した。

 しかし、いま振り返って、問題の本質がどこにあるかを的確に伝えたかといえば、いまでも迷っており、本質はつかめていないかもしれない。

 特に、日本での震災取材が加熱したのは1週間くらいで、そのあとは、東日本大震災に関する話題の中心は、台湾からの義援金集めのことに移っていった。マスメディアは熱するのは早いが、冷めるのも非常に早い。もちろん、震災後、日本で行われている復興に向けたさまざまな取り組は、多くの教訓を含んでいる。もし台湾で同じような自然災害があったなら、官民はどう対応するべきなのかについて非常に参考になるのだろう。しかし、台湾のマスメディアはあんまり興味を示さないのだ。私たちは巨大自然災害とどのように向き合い、どういった事前の備えが必要なのかといった話には関心が向かないのである。もちろんそれは、台湾の視聴者の関心の反映でもある。言いかえれば、いまの台湾に直接関係がないなら、あまり興味を示さないというのが実情なのである。現に、東京支局に対する本社からのニュース要請も、地震発生から2週間ぐらいで急に少なくなった。

 ただし前後するが、福島から東京支局に帰った私に、本社から一度避難指示が出た。これは、原発問題が浮上するなかで、欧米のメディアの対応を参考にしつつ決定されたものである。私は関西に移動して1週間ほど状況を見ることになる。その間、東京支局の仕事は、台北本社が引き受け、外信でまかなうことで対応した。特に台湾テレビはフジテレビと提携関係があり、フジテレビから情報も映像も貰える。だから現場に行かなくてもよいという事情もあった。 状況が落ち着くなかで、東京に戻り、原発問題に関しての日本の人たちの生活ぶりを取材することになる。

 だが、台湾での東日本大震災に関する関心は、日本の震災後の状況そのものよりも、台湾で日本の被災者に向けた義援金を集めることに向かっていく。

 もちろん歴史的に見ても、台湾の人々の日本に対する気持ちや感情が他の国々とは異なることははっきりとしているのだが、今回の震災後の活発化した義援金活動に関していえば、地震発生当初にマスメディアが提供した映像の威力は大きかったかも知れない。津波などの衝撃的な映像、被災地の悲惨な映像を通して台湾の人々に、なるべく応援したいという気持ちを喚起したことは確かである。

 台湾で活発化した日本への義援金活動に関して、日本ではあまり伝えられていないとの声もあるが、日本国内がそちらに目を向ける余裕がないことも十分に理解できよう。


<災害取材から見るメディアの対応>

 今回、震災、津波と放射能漏れ事故に数え切れないほど海外からの取材陣が被災地に殺到してきたが、当時、情報も状況も大変混乱している中に基本的な災害取材装備、あるいは緊急衛星送信装備などを、被災地に入ろうとする取材班は携行すべきである。しかし、3月12日羽田空港に降りた海外からの取材班が持っていたのは、最も基本的な取材機材と個人荷物だけであった。被災地対応の機材や緊急食料など装備は皆無であった。

結局、被災地に入った取材班は停電により、素材の送信できず、また、交通が不通のために予定していた取材活動はできなくなった。食料と飲料水が不備のために、結局、被災者と同じように救援センターに救済を求める者もいた。

 このような被災地状況と被災者の気持ちを考えなかった取材行動は、プロのジャーナリストとして合格と言えるのか疑問である。


<原発問題と台湾メディア>

 今回の原発問題に関しては、どうしても海外の記者にとっては、非常に取材がしにくかった。東京電力にしても、福島第一原子力発電所にしても、なかなか情報が取りにくい。

 日本側に、こういった大きな災害、国際的に注目されている災害における海外メディアに対する体制が整備されていなかったと言える。海外のメディアに関して言えば、CNNのような大きなメディアは別として、海外のメディアは取材の体力自体が弱いので、協力や応援の体制、あるいは情報提供がシステム化されていないと取材が難しい。東京電力の記者会見に参加しても、何を言っているのか全然わからなかった。特に欧米系の記者たちは、英語での説明もないと言うことで、会見に行っていてもあんまり意味が無いということになってしまった。海外特派員たちのなかには、今回の原発取材に関してその取材環境の悪さに、怒りを持った人も多い。その情報不足を補うために、海外特派員どうしで情報交換しながら取材をしていたのが実情である。

 加えて、原子力の問題や、その後に発生した放射線漏れによる汚染の問題といった専門知識を要する問題に関して、普段から勉強しているジャーナリストは圧倒的に少ないのが実情である。特に外国メディアの特派員となると、状況はより厳しいこととなる。

 日本のメディアの原発問題の取材・報道について感じた印象で言えば、ほとんどのテレビ局が、いろいろなところから記者を集め、全力の体制で取材していたと思うが、こういう専門性の高い問題に対応できる知識を持った専門記者の絶対数が少なく、また、これらの専門的な内容を上手に解説できる国内の学者もあまりに少ないので、十分に全体像を伝えられていたかどうか、その評価は難しいだろう。

 こういう時に、マスメディア、ジャーナリズムがどう対応するかは、その報道の仕方には難しさを感じる。そのありようは非常に難しい問題であり、多くの教訓を残したことは確かである。  台湾との関係で言えば、TBSが福島第一原発のGE製の原子炉と同型のものが台湾で稼働していることを報じたが、この問題は、台湾でも、福島第一原発が問題化した数日後には、討論番組などで取り上げ始めていた。しかも、距離が台北市内から30キロ程度しか離れておらず、その深刻さも一部の台湾のジャーナリストは感じている。しかし、台湾のメディアは、熱は冷めやすく、新しい話題が常に出てくるなかで、海外で発生した一つの問題が長く議論になりにくい状況がある。特にこの間、総統選挙があるなど、国際ニュースより国内ニュースが主流になっているので、このような問題を取り上げたくても、なかなか放送枠を取れない状況にあることも確かである。

 他方で、日本のマスメディアは、国内の取材と言うこともあり、取材体制は整っていた。放送に関して言えば、全国に取材・放送網を持つNHKはもちろん、民放でもキー局と地元ローカル局、系列の局の役割分担がしっかりしているように見えた。一人の視聴者としてテレビを見ていれば、それぞれの要請に応じて、それなりに満足のいく東日本大震災に関する情報を得たのではなかろうか。

 しかし、いま振り返ってみると、そこで提供された情報というのは限られていたように思える。特に原発関連の報道に関しては、深さも十分とは言えなかったのではないか。当時は、理路整然と提供されるメディアからの情報提供に満足していたかも知れないが、振り返ってみたら、社会の混乱を恐れるあまり、随分と統制された情報の提供になっていたように感ずる。

 政府の側も、東京電力も、そして、メディアの側も、社会が混乱することを恐れるということでの共犯関係のなかで、報道がなされていったのではないか。

 台湾を含む海外のメディアと比べると、日本の記者たちが真面目というか、会見などでも最後まで突っ込もうとしない気がする。例えば、台湾のメディアであれば、もっと厳しく行政や電力会社を追求するだろうし、喧嘩をするくらいの質問がなされていただろう。

 それと比べると、日本は「平和」との印象を強く持った。逆説的だが、日本政府としては、メディアの攻撃は少なく、やりやすかったのではないか。こういう時期なので、菅政権にとっては幸運だったとすら思うのである。

 いずれにしても台湾メディアにとっては、自らが当事者になった特にことを想定することも含め、3.11は多くの教訓を得ることとなった。

 台湾では、メディア間の競争が激しい。かつ、日本との関係は歴史的にも深く、毎年、日本を訪れる観光客も多い。主に東北地方に被害をもたらした今回の震災ではあったが、震災発生以降、東北地方以外も含め、台湾から日本を訪れる観光客が大幅に減少した。そのようななかにあって、北海道では、観光客の回復を狙って、台湾、韓国、中国、香港、シンガポールなどのメディアを招いて、地元・北海道を自由に取材させようとした。しかし、応じたのは台湾のメディアだけだった。それは、日本に対する親近感であろう。

 特に常に話題探しをする台湾メディアにしてみると、震災後の日本の復興とは別に、被災地以外への観光と旅行が回復していることには、非常に関心があるだろう。

宣 聖芳

台湾テレビ 東京特派員

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