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難民のインターネット利用の分析から

JAMCO オンライン国際シンポジウム

第29回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2021年1月~2021年3月

教育支援のための放送や新しいメディアの可能性~コロナ危機の中で~

学びを支え,つながりをつくる環境としてのICT
難民のインターネット利用の分析から

明治大学准教授・岸磨貴子 / 成城大学教授・青山征彦

はじめに

 本稿では、難民にとって情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)とはどのような意味があるかを、難民としてトルコで生きるシリア人のライフストーリーを手がかりに読み解いていく。筆者らは、2011年のシリア危機以降、難民となったシリア人への調査を行い、インターネットとつながることは、彼らにとって大きな意味があるということを見てきた。それは、人生を支えたり、時には変えたりする力を持つことである。ばらばらになった家族をインターネットでつなぎあわせることは、一人一人と電話するより便利、といった利便性をはるかに超える。あるいは、自らの身体を売って生活することを余儀なくされる人生から脱却できた女性にとっては、インターネットとつながることとは、自分の人生を自分の手に取り戻すことと同じである。100人を超えるトルコに避難するシリア人のライフストーリーを聞いた第一著者と、 アクターネットワーク理論を専門とする第二著者が、インターネットを通したつながりの重要性や可能性を示している事例をとりあげて難民のライフストーリーを分析し、学びを支え、つながりをつくる環境としてのICTを考察する。そこから浮かび上がったのは、人間にとって、他者とのつながりがどれくらい重要なものであるかということだ。このことは、新型コロナウイルスの影響で、一時的とはいえ、つながりを失うこととなった私たちにとっても、大切なことを教えてくれるだろう。

1.一枚の写真から

 一枚の報道写真がある(Independent誌 2015, UNHCR 2016)。その写真は、トルコに逃げてきた大勢のシリア難民が、狭い部屋の中に押し込められている様子を撮影したものだ。そのうちの何人かが、スマートフォンを握りしめているのがわかる。
 この写真を見た人の中から、「なぜ難民がスマートフォンを持っているのか?贅沢ではないのか?」という批判が上がったという。彼らは「難民たちは、着の身着のまま国を追われていて、貧しいはずだ。スマートフォンなど分不相応だ」と考えたのかもしれない。
 しかし、少し考えればわかることだが、難民にとって、スマートフォンはいまや、命の次に重要なものと言っても過言ではない。離ればなれになった家族とつながるためにも、自分が何者であるかを知っている人々とつながるためにも、スマートフォンは欠かせない。異国のことばがわからずに困ったときには、知り合いに質問することもできるし、仲間たちとSNSでつながることで、自分は一人ではないと安心することもできる。難民たちにとってスマートフォンは生命線そのものなのである。

2. トルコに避難するシリア難民とは

 2011年3月に始まったシリア危機以降、国境を超えて難民となったシリア人は、2020年10月の段階で550万人を超えている(UNHCR 2020)。現在もなおシリアから近隣国に流出する難民は後を絶たず、今世紀最大の人道危機となっている。隣国であるトルコは、シリア難民を最も多く受け入れている国であり、2020年10月の段階で360万人を超えるシリア人を保護している(UNHCR 2020)。2011年のシリア危機直後、トルコ政府はシリア人を「難民」としてではなく一時的保護されたシリア人(Syrians Under Temporary Protection)として受け入れ、一時的保護の登録証明書(以下、Temporary Protection Identity Document: TPID)を発行し、TPIDを持つシリア人に対して社会福祉のサービスを提供している。しかし本稿では、TPIDを持つ/持たないを区別せず、トルコに避難する全てのシリア人を難民として記載する。
 トルコのシリア難民支援には二つの特徴がある。ひとつは、難民キャンプでのシリア人保護である。難民キャンプに関しては、トルコ政府(トルコ政府首相府緊急事態管理庁:The Disaster and Emergency Management Presidency of Turkey:以下AFAD)が管理し、緊急支援としてシリア人の生活に必要なもの(short-term basic needs)を提供している。もうひとつは、都市難民への支援である。トルコに避難するシリア人の9割は都市難民であり、トルコ人コミュニティの中で生活している。トルコ政府はTPIDを持つ都市難民への支援として、トルコ人同様の、教育サービス、公的医療機関での保健サービス、社会福祉サービス(高山・佐藤 2018)など生活を支える基礎的なサービスを無料で提供している。
 未曾有の大量難民の発生はそれ自体が人道危機であり、難民となった人々の安全保証を脅かすが、同時に、受け入れ国は国家(国民)の利益と外国人(難民)の人権保護のバランスに苦慮する。トルコにおいても同様で、360万人を超える難民の受け入れに対して、経済的、政治的、社会的緊張が生まれている。ムラト(Murat 2014)の調査によれば、トルコ人の多くがシリア難民の存在を負担やリスクと考えており、シリア難民への市民権の付与に反対も多い。
 第一著者は、2016年からの2年間はトルコ政府の家族省と、2018年からは現地NGOと連携して、トルコに避難するシリア難民の現状調査を行い、病院、学校、公園、レストラン、商店、役所など様々な場所で、 日常的に大小様々な規模の異文化衝突が起こっていたことを見てきた。シリア危機直後は、 トルコ人はシリア人に衣食住を分け与えるなど支援してきたが、シリア危機が長引き、難民の数は増え、トルコとシリアの間でも政治問題が生じたことで、コミュニティはその影響を受けた。実際、上下水道や廃棄物処理、保険、医療、教育、福祉といった行政サービスにかかる負担も増加し、トイレや公園などの公共の場でのマナーなどの違いによって社会的緊張が高まっていた。その具体的な事例として、社会福祉局でシリア人のコミュニティ参加の支援を行うアラブ系トルコ人の職員(20代・男性)のインタビューを一部引用する。

『トルコ人はだいたい午前8時くらいに家を出て、9時、10時から仕事をはじめ、12時にはランチタイム、16時には帰宅するという生活習慣になっているが、シリア人の多くは仕事がないため、夜の遅い時間まで公園で過ごしたり、昼のワーキングタイムに外でのんびりアルギーレ(水タバコ)を吸ったりしている。トルコ人からすれば「トルコ人の税金で生活保護を受けながら、仕事もせず、トルコ社会に馴染もうとしない。」と見える。
 早期結婚が問題になっている。トルコでは結婚できる年齢が18歳だが、シリアでは15歳であるため、自分たちの国ではそうだからと早期結婚が正当化される。トルコの法律を知っているにもかかわらず!』

(2018年2月の聞き取り調査より)


 こうした日常生活での不満も積み重なり、シリア人に対するネガティブな感情が高まっていた。その感情は、偏見や差別につながることもある。一方、シリア人はその状況に気づきながらどうしようもできないという葛藤を抱えている。たとえば、「俺らが彼らの仕事を奪っているというが、俺たちには頼れる政府もコミュニティもない。仕事がなければ家族全員が生活できないのだから仕方がない」「本当は仕事をしたいんだ。何もやることがなくただテレビを見て、寝て、食べてっていうだけの生活は本当に辛い」「女の子は働けない。男の子と同じように親からお金を稼いで来いと言われるが、男の子のように重労働ができない。結果、親にも言えず、誰にも言えず、生きるために、家族のために身体を売ってしまう子もいる」という声からもわかる。このような状況の中、トルコ社会と関わりを持てず、孤立してしまうシリア難民も少なくない。
 しかし、彼らは完全に社会から孤立しているわけではない。多くの難民は携帯電話やスマートフォンを通してインターネットにつながり、オンライン上で離散した家族や友人とコミュニケーションを取っていた。また、シリア人のSNS上のグループに入り、情報共有をしたり、困りごとの相談をしたりするなど、生活に必要な情報や支援を得ていた。つまり、インターネット上に母国語で安心・安全に会話できるバーチャルな空間、 「居場所(ホーム)」を作り出し、そこに身を置いていた。
 難民にとって、インターネットの活用は生活において重要なものである。異国の土地で生活をはじめる移民のICT活用を研究するNelly and Dafna(2009)は、インターネットは、移民の個々の成長およびエンパワーメントのための貴重なリソースを提供すると述べている。移民に限らず難民もまた、異国の土地で社会的かつ物質的に不利な状況に置かれ、新しい環境に落ち着き、その社会に順応するまでに多くの苦労を強いられるが、インターネットは様々な形で彼らの生活を支えているといえる。たとえば、インターネットを通して母国語で情報を収集したり、長い期間離れて暮らす家族や友人と連絡をとりあったり(Madianou and Miller , 2012)、同じ趣味や関心を持つ人たちと関わったり(徳永 2014)、公共の場で安心して自分たちの意見を声に出したり(Ananda 2005)することがある。
 このように、国境を越えて避難する難民は生活空間の一部としてインターネットを必要としている。インターネット上であれ、その空間は彼らにとってかけがえのないものであり、彼らの生活、さらには人生に作用するものである。

3. 本稿の目的と方法

 本稿では、難民にとってICTはどのような意味があるかを、難民としてトルコで生きるシリア人のライフストーリーを手がかりに読み解いていく。ライフストーリーとは個人のライフ(生活、 人生)についての物語である。第一著者が、4名のシリア人個人の経験的な語りを聞き、文字起こしし(アラビア語から日本語へ)、分析データとした。
 第一筆者は、研究協力者をそれぞれ2回から7回訪問し、彼らと出かけ、彼らの家で彼らの家族と一緒に食事をしながら、インフォーマルにもフォーマルにも話を聞いた。例えば、 シリアでの生活、難民となって国を出た経緯、トルコでの生活についての話などである。その語りのうち、 日常生活とICTの関係について特に多くを語ってくれた4名(詳細は表1を参照)の語りを事例として取り上げる。
 なお、本稿で紹介するライフストーリーは、本人に危害が及ぶことがないよう、プライバシーに関する情報を取り除いた上で、名前も仮名にしてある。

表1:インタビュー協力者

仮名 性別 年齢 トルコ入国 出身地(シリア)
滞在地(トルコ)
同居者
事例1 ムハンマド 男性 20代前半 2012年 パルミラ
イスタンブール
友人と3人
事例2 アイーシャ 女性 20代前半 2014年 デリゾール
シャンウルファ
両親と3人
事例3 ネイファ 女性 30代前半 2012年 ハマ
メルシン
友人と3人
事例4 ロア 女性 30代前半 2015年 パルミラ
ガジアンテップ
夫と息子2人の4人
4. 難民とインターネット

4. 1. 4人の難民のICT活用についてのライフストーリー

難民としてトルコで生きるシリア人4人のライフストーリーのうち、彼らの日常生活におけるICT活用に注目して示し、その上で、 ICTは難民にとってどのような意味があるかを検討する。

  • (1)ムハンマドの事例

     シリアのパルミラ出身のムハンマドは、2012年にシリアからトルコへ逃れてきた。兄が殺害されたことがきっかけで、当時、海外に住んでいた一番上の兄夫婦を頼ってトルコに来た。その後、兄夫婦は欧州に移り住んだため、彼らの財政的支援を受けながら、ムハンマドは同郷の友人たちと家をシェアして暮らしている。
     ムハンマドは、Facebook、 Instagram、 WhatsAppの3つのアプリケーションを日常的に利用している。特に音声メッセージのやりとりが容易にできるWhatsAppをよく活用している。 なぜなら、 ムハンマドは小学校を中退しているため、正則アラビア語(フスハー)の読み書きが苦手であり、 主に音声メッセージ(アラビア語の現代口調であるアンミーエ)でやりとりをしているからだ。 また、Instagramでは日々の写真をアップし家族や友人にシェアし、Facebookでは、シリア国内で避難民としてヨルダン国境のキャンプにいる家族から情報を得て、シリアの状況やそのキャンプの状況を発信して支援を求めたり、トルコで生活する上で誰かに役立ちそうな情報をシェアしたりしている。
     ムハンマドのインターネット活用の主な目的は、第一に、離散して住む家族に自分の近況を伝えるため、第二に、友人たちに生活に必要な情報やシリア国内のニュースを外(主に西洋諸国)に提供するため、そして第三に、世界各国に避難するシリア人や外国の友人とつながり、彼らの力を借りてシリアの国内難民の支援の輪を広げるためである。
     ムハンマドは、自宅のWi-Fi環境を整え、同郷の人たちが自由に使えるようにしている。次々にトルコから避難するシリア人が必要な情報を得られるようにするためである。また、彼の自宅には多くの最新の情報が集まるため、情報交換および情報収集の場所となっていた。シリアからトルコへ逃れてきたシリア人の多く(9割)は、難民キャンプではなく都心部に自分で住む場所を探し家賃を払って生活をする。 賃貸情報、TPIDがなくてもできる仕事、トルコでの生活の仕方や、 トラブルへの対応、生活に必要なことば(トルコ語)などの情報が彼の家で共有され、彼の同居人がそれらを整理してインターネットを通して情報発信している。
     ムハンマドが構築するゆるやかなネットワークは、シリア難民が互いに力を貸したり、借りたりする基盤となっていた。たとえば、ムハンマドの買い物に同行した際、彼は必要な香辛料がどれかわからず写真をとってトルコ語がわかる友人にメールし、その香辛料が何かを確認していた。また、タクシーに乗る時もドライバーに携帯を渡してトルコ語がわかる友人に行先を伝えてもらうなど、インターネットに常につながることでことばができないことは彼らにとって問題となっていなかった。他にも、電気が故障した時シリアで電気屋をしていた人が修理に来てくれたり、水道が壊れた時必要な道具を持っている人が貸してくれたり、パーティをする時レストランのシェフが来てくれたりしていた。お金がなくてもこのゆるやかなつながりの中でお互い生活を支え合っていた。彼らはいずれもトルコに来た時ムハンマドの自宅で生活をはじめる段階で助けられていた人たちである。インターネット上でのゆるやかなつながりの上に、困った時に相互に助け合える関係ができていた。

  • (2)アイーシャの事例

     アイーシャは、シリアの地方都市出身で、大学を中退して、2年前にトルコに逃げて来た。現在は、一緒に逃げて来た父と母の三人で暮らしている。5人兄弟で、2人の兄はシリア危機がはじまってすぐに湾岸諸国に逃れ、長女はヨーロッパに避難し、妹はシリアから逃げるためにトルコ国境の町で待機している。
     アイーシャと家族はTPIDを持っているがトルコ国内での労働許可がないため仕事ができず、兄からの仕送りを頼りに家事を手伝いながら日々を過ごしている。兄の仕送りに頼る生活のため、贅沢はできず、外へ出かけることはあまりない。 トルコでは学齢期の児童生徒に対する教育支援はあるが、高等教育への進学支援は(2016年度の段階では)かなりわずかであり、また条件も厳しかったことから、アイーシャは高等教育を受けることを諦めた。仕事もなく、生活に必要な買い物以外にほとんどトルコ社会とつながる機会がない。そのため、トルコ語を使う機会もほとんどない。しかし、いつでも仕事ができるようにトルコ語を読み書きする準備をしておく必要があるため、YouTubeで気に入った番組や音楽をトルコ語で視聴したり、わからない単語をインターネット上の辞書で調べて自己学習をしたりしている。
     アイーシャと両親は1日の多くを、インターネットを使って過ごしている。休憩(お茶)をする時、料理を作る時、食事をする時など、日常生活の色々な場面で、離ればなれになった家族とテレビ電話でつながった状態にしていた。インターネットを通して家族全員が顔を合わせられるような状態をつくり、「シリアにいた頃のように」日常生活の一部を共有している。
     アイーシャは、主にFacebookとWhatsAppを利用している。アラビア語で情報を得たり、交流したりできる場があることは彼女にとって居心地が良いそうだ。Facebookを通して友人の近況や彼女が住む街(シャンウルファ)の情報共有グループのニュース、また婚約者がいるギリシャに関するニュースを見ているが、自分から情報発信することはほとんどない。特に気になるのは、シリア-トルコ国境の状況に関するニュースである。なぜなら、妹家族がトルコに避難するために国境にいるからである。国境付近は非常に危険な地域で、トルコがどの国境をいつ開くかは、妹家族の命に関わる重要な情報である。SNS上の情報は正確さに欠けることがあるが非常に早い。アイーシャは、トルコ国境が開いたという情報を手に入れると、すぐにSNS上での複数のリソースで確認し、その結果を妹に伝えていた。
     アイーシャは1対1のコミュニケーションを大切にする。その理由は、以前、ヨーロッパにいる姉、シリア―トルコ国境にいる妹とアラブ諸国にいる兄たちと話をしていた時、妹がかなり落ち込んだからである。シリア―トルコ国境では空爆が続き、食事も十分に手に入らず、妹家族はかなり精神的に不安定な状態にあった。一方、アラブ諸国やヨーロッパ、そしてアイーシャは安全な場所にいる。日常のたわいのない会話−たとえば、 最近どうしている?−でさえ、それぞれ状況が違うため感じ方は違う。それからアイーシャは相手の状況に合わせて会話ができるように1対1のコミュニケーションをとるようにした。
     生活においてもスマートフォンを手放すことはできない。アラビア語で買い物ができる店を主に利用するが、そこに必要なものがない場合は、トルコ語が必要になる。わからない単語があれば、オンラインの翻訳ソフトを使って調べたり、翻訳ソフトを介して会話をしたりするからだ。また、 街で孤独を感じた時、友達と電話をしながら歩いたり、何か美しい物を見た時に恋人にSNSでテキストメッセージと写真をおくったりすることで、常につながっている感覚を持つことができるからだ。

  • (3)ナイファの事例

     ナイファは、トルコ南部の町メルシンで、夫と小さな娘の三人で生活している。保守的な家族で、外に出かける時は顔や体を覆い隠すアバーヤというワンピースを着ている。家族以外の人とはほとんど関わることがないが、家にはWi-Fi環境がありオンライン上で仕事を受けて働いている。ナイファはアレッポ大学で地理学を専攻し、学生時代からICTを活用していた。2012年に25歳でシリアを出てヨルダンへ避難し、学費はかかったが、英国の教育機関が提供するグラフィックデザインのコースを受けた。ヨルダンにいる間に、インターネット上で男性と知り合い、婚約し、その後二人でトルコへ移り、結婚した。夫と2歳となる娘と住んでいる。
     夫婦は共働きで、夫はファーストフード店に勤務している。ナイファは在宅でグラフィックデザインの仕事をしている。
     Facebookでグラフィックデザインのグループを見つけ、そこに自分の作品を掲載したところ、仕事を得ることができた。アラビア語とトルコ語ができる人が仲介してくれるため、仕事をする上でことばは問題とならない。彼女は子育て中のため、インターネットを使って在宅で仕事ができることはかなり助かっている。夫の収入だけでは生活は厳しいが、共働きのため少し余裕がある。
     ナイファがトルコでの生活で一番困難に思うことは、孤独である。家族はサウジアラビア、シリア、トルコの他の地域と別々に住んでいるため、 会うことはできない(トルコでは、TPIDを登録した地域以外に移動するには許可が必要だが、その許可をとるのは簡単ではない)。そのため毎日、家族とWhatsAppを通して話をしている。トルコに来てトルコ語を学んだが使う機会がないためほとんど忘れてしまっていた。近所に知り合いや友達はおらず、トルコ語もできないため、その機会をつくることもできない。また、彼女自身「トルコ人はシリア人のことを嫌っているわ」と述べ、トルコ人と関わることに消極的である。その理由について、「私は外に出る時アバーヤを着るんだけれど、彼らは私がアバーヤを着ることをとても嫌がるのよ。それに、シリア人を見るとみんな貧しい、お金や支援を欲しがっていると見られることもある。実際、貧しい人は多いけれど、私たちみたいに税金を払って生活をしている人もいるけれど、彼らは、シリア人は貧しい、という目で見てくるのも嫌だわ」と述べていた。
     そのため、彼女にとってはインターネットでつながっている家族や友人との時間がトルコで生きていく上で非常に重要であった。ただし、彼女はインターネット上で家族と話す時に注意していることがある。それは、家族に心配をかけないようにすることである。以前、トルコでの新しい生活に慣れず、家族に不安を伝えたところ家族にとても心配をかけてしまったため、離れているからこそ、心配をかけないような話題にするよう心がけていた。
     ナイファは1日の多くをほとんど家で過ごす。家にいれば常に家族、友達とつながり、インターネットでも仕事ができている。しかし、いつもつながっている状態にいるにもかかわらず、孤独を感じている。

  • (4)ロアの事例

     ロアは、シリア東部出身で、4人の姉妹と2人の兄弟がいる。街が激しい戦闘地になったことから、ロアの家族は2015年にトルコにやってきた。トルコ南部の街ガジアンテップで、夫と息子2人の4人で街の中心地のアパートに住んでいる。夫はもともとレンタカーの会社を運営しており、トルコに来た時から自己資金があった。また、シリアから車で来たためその車を使って、国境とガジアンテップを往復するタクシー業をはじめた。ガジアンテップは、もともとアラブ系トルコ人も多く、アラビア語も広く話されている。そのため、 トルコ語が全くできないロアだが、生活に困ることはなかった。
     夫のタクシー業で生活はできたが、ロアもまた2年前からインターネットでハンドクラフトを売りはじめた。ロアの出身地であるパルミラは世界遺産の街で、ロアは小さい頃から母に伝統工芸の刺繍や織物を教えてもらい、手工芸品を趣味で作っては観光客に売っていた。手先が器用で、トルコに来てから刺繍や織物を作り、インターネットを通して売り、生計を立てている。織物に必要な道具は、知り合いに手伝ってもらって作った。最初は小さな規模で生産、販売をしていたが、事業を少しずつ拡大し、現在(2017年)は20名くらいの女性たちと一緒にハンドクラフトを作っていた。この女性たちは生活が立ち行かず困っていたシリア人たちだった。中には体を売って生活していた少女もいる。ロアは女性たちに、生活費を稼げる支援をするだけではなく、何もかもを失ったと途方に暮れる彼女たちに自信をもたせたいとこの活動に力をいれている。
     ロアの取り組みに共感したヨーロッパにいる買い手が商品を買うことで彼女の活動を支援している。彼女は、その活動と商品をFacebookやWhatsAppで紹介し、ヨーロッパにいるシリア人の友人を通して販売し、彼らを通して商品のやりとりや送金をしてもらう。この活動で得られる収入はごくわずかであるが、それでも、女性たちは自分たちが作った物が売れるととても嬉しそうで、自分が誰かに認めてもらえるものを生み出せたという喜びはお金以上に価値があると実感しているため、 この活動を精力的に続けている。グループの中には裁縫が得意な人、編み物が得意な人、織物が得意な人とそれぞれ得意分野があるので、それぞれの得意分野に合わせて仕事を割り当てるようにした。作り方でわからないことがあれば、インターネットで調べたり参考にしたりしている。
     彼女にとってインターネット上での販売は、生活費を得る以上に、難民となった女性たち、女の子たちが尊厳を持ち、生きていくために必要不可欠なものとして捉えている。実際、この活動を通して多くの女性や女の子たちが、自立するようになった。このようなロアの活動を応援しようとヨーロッパに住む友達などが情報をインターネット上でシェアするなどしてこの活動を応援している。このグループはシリア難民の女性たちにとっての居場所であり、その居場所は、インターネットでつながるヨーロッパにいるシリア人の友人や家族によって支えられている。

4.2. つながりの意味を考える

 冒頭で、難民たちがスマートフォンを握りしめている写真について取り上げた。彼らにとって、スマートフォンがどのような意味を持っていたのかは、4名のライフストーリーから、いまや明らかだろう。難民にとってスマートフォンは、すぐに電話ができるとか、様々な情報にアクセスできるといった利便性を超えて、自らの人生を支えるために不可欠なものである。
 以下では、私たちの主体性を関係のなかで編まれたものとして捉え直すアクターネットワーク理論の観点から、4名のライフストーリーをもとにICTの意味を検討していきたい。
     
  • (1)精神的な拠り所—バーチャルなホーム

     彼らは内戦で離散した家族や友達と、インターネットでつながっている。オンライン上では、アラビア語で会話し、自分を知っている人たち(家族や友人)と安心して「いる」ことができる。内戦で家や仕事、自分を証明する身分証明書や学歴を証明する書類などを失ったが、インターネット上には、難民ではない「私」でいられる場所があった。ムハンマドが頼れるお兄さんでいられるのも、アイーシャが頼りになる姉でいられることも、ロアが頑張る自分でいられることも、彼らを知る家族や友人との関係がインターネット上にあるからである。そのことが彼らのアイデンティティを維持し、精神的な拠り所となっていた。自分のことを知る人が存在することは彼らにとって大きな意味がある。
     また、そのつながりが、トルコに住む彼らの生活の支えでもあった。例えば、電気の修理が必要な時、その技術を持った人にアクセスできたり、その修理に必要な道具を持っている人とつながることができたりするという、ゆるやかなつながりが彼らの社会生活を支えていた。ゆるやかにつながることは、相互に力を貸したり、借りたりしやすい「場」を作り出していた。それは、他の人との関係の中に自分の存在意義があることを意味する。

  •  
  • (2)曖昧な文化間境界

     異文化での生活をはじめるにあたって苦労することは、 その国のことばの習得である。 研究協力者の4人は、トルコ語はほとんど分からないが、特に問題なくトルコ社会で生活していた。ムハンマドの場合、ことばで困った時、トルコ語が話せるシリア人にオンライン上で頼っていた。たとえば、買い物をした時、 表記されているトルコ語がわからず、彼はラベルを写真に撮影し、トルコ語がわかる友人に送り教えてもらっていた。
     アイーシャもまた、買い物をする時やテレビを見ている時などにトルコ語でわからない単語があれば、オンラインの翻訳ソフトを利用していた。これまで移民・難民はホスト国のことばを学ばなければ生活が困難なことが多かったため、必然的にホスト国のことばを習得したが、彼らはインターネットの活用によって、ことばが分からなくても特に問題なく生活をしていた。
     一方で、ことばがわからなくても生活できることが、トルコ語を学び、トルコ社会に参加していくことを阻害している面もある。このことは、(1)で述べた居場所にも当てはまる。バーチャルな空間にある居場所(ホーム)が快適であることは、トルコ語を学ぶ必要性を阻害し、ホスト国の人々と関わり、適応することを阻害する側面にもなることにも注意すべきである。

  •  
  • (3)離散した家族との密接なつながりと配慮

     アイーシャと両親は、 休憩(お茶)をする時、料理を作る時、食事をする時など、日常生活の色々な場面で、離れ離れになった家族はテレビ電話でつながり、会話をしていた。インターネットを通して家族全員が顔を合わせながら会話できる場をつくり、「シリアにいた頃のように」日常生活の一部を共有していた。
     インターネットでいつもつながっている家族だが、深刻な話をする時は、1対1のコミュニケーションが多い。それぞれ置かれている状況が違うため、コミュニケーションの際には配慮もあった。アイーシャの場合、妹からの連絡にはすぐに返信し、姉と妹の考え方がぶつかったときは、間に入って調整していた。また、母親の精神状態をみながら、伝える情報を選択していた。ロアも同じように遠く離れる家族に心配をかけないように、話す内容や話し方など、相手に配慮した1対1のコミュニケーションを用いていた。
     これらの事例を、アクターネットワーク理論の視点から検討してみたい。アクターネットワーク理論では、難民のような人間もSNSのような人工物も等しくアクターと見なし、これらの織りなすネットワークに注目する。上記の(1)~(3)のポイントはいずれも、難民にとって、スマートフォンやインターネットは難民がネットワークを織りなす上で、重要な意味を持つことを教えてくれる、それは、他者とつながりながら、自分たちの人生を紡いでいく上で欠かせない織り糸のようなものである。アクターネットワーク理論の提唱者の一人である、ミシェル・カロンは以下のように説く。
    『携帯電話とSMS(ショートメッセージサービス)のケースを考えてみよう。このイノベーションは単に既存のコミュニケーションの要求と出会い、それをもっとも効果的かつ生産的に満足させただけなのだろうか。そうではない。実際には、このイノベーションは新しい社会的グループの創造に、言い換えれば社会学者がいうような新しい社会的アイデンティティの創造に貢献したのだ。例えば、携帯電話を持つティーンエイジャーは、このテクノロジーの存在を想像すらしなかった時代のティーンエイジャーとはその行動と欲望において深く異なり、はるかに多様である。』
     カロンに従えば、難民は、ICTを頼りに新しい社会グループを創造していると言えるだろう。それは、シリアで暮らしていたときの彼らとも、受け入れ国のトルコ人とも異なるグループである。それは新しいアイデンティティの創造でもある。
     この新しい結びつきは、(1)(2)のように、難民にさまざまな可能性を与えることになるが、同時に難民がトルコ社会とつながりを持ちにくくなる一因にもなる。また、(3)のように、互いにつながりあうことによって問題が生じると、ネットワークのつなぎ直し、再編成がなされる。
     このようにアクターは自分に利用できるさまざまなリソースを利用してネットワークを構築していくが、そのネットワークが時間によってどのように変化していくか、ネットワークに接続されていないものは何かを問うアクターネットワーク理論の視座は、難民をめぐる問題を整理、理解する上で有用なものと言えるだろう。

5. 私たちの現実を振り返って

 スマートフォンやインターネットを通したやりとりを通じて、4名の難民たちが、自らの人生を立て直し、編み直していく姿は感動的ですらあるが、それは私たちの日常と、けっして切り離された話ではない。
 内戦から追われた難民にとって、ICTは、人とつながり、自らを支えるために必要なものであった。社会的なつながりを強制的に分断されたことが、ICTの必要性を大きなものにしていた。このことはシリア難民にとどまる話ではない。新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちも他者と離ればなれになる現実に直面した。大学でも、新型コロナ拡大防止のため、2020年4月頃から授業のオンライン化がはじまった。このような緊急の事態において、人と人とのつながりや居場所が失われる状況の中、ICTが果たした役割は小さくなかったように思う。
 オンライン化した授業が始まった段階では、教員も学生も「仕方なく」という雰囲気であった。しかし、実践を重ねていくうち、オンライン授業に対して肯定的な意見も見られるようになった。たとえば、自分のペースで講義を聞くことができることなどである。とはいえ、対面での授業を望む声は、決して小さくない。学生たちは、授業で情報だけを得たいのではなく、友達や教員に会えないことで生まれた孤独感を解消したいのではないだろうか。 対面の授業であれば、何かわからないことがあれば、人を見たり、人に聞いたりして、確認したり、理解したりすることができた。オンライン授業では、そうしたことができず、自分だけがわかっていないのではないか、という不安を常に学生たちは抱えている。このような観点から大学の機能を捉えると、大学には、「学び合いのコミュニティ」としての機能があると言えるだろう。キャンパスという物理的環境から離れ、オンラインだけでつながることになった学生は、学び合いのコミュニティに参加することや、参加を維持することができなくなった。誰かとつながっているという感覚は、何かを学んだり、挑戦したり、生きることそのものの土台であるといえる。
 難民にも、そしてコロナ禍の大学生にも、ICTが果たした役割は大きなものであった。情報をやりとりしたり、つながりの感覚を得たりする上で、ICTは欠かせないものであったと言えるだろう。しかし、それだけで十分であれば、難民は孤独を感じないはずだし、学生も対面の授業を望まないだろう。ICTが何を可能にしたかということだけでなく、そこからこぼれ落ちるものがないか、私たちはこれからも考えていかなければならないだろう。

参考文献

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  3. Madianou,M and Miller, D.(2012) Migration and New Media: Transnational Families and Polymedia.Routledge

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  5. Nelly Elias, Dafna Lemish(2009)Spinning the web of identity: the roles of the internet in the lives of immigrant adolescents. New Media & Society, Vol.11(4), pp.533-551

  6. 高山由美子,佐藤真江(2018).トルコ国シリア難民支援における福祉行政の現状に関する考察──社会サービスセンターの活動を事例に──ルーテル学院研究紀要,51, 95-105.

  7. 徳永智子(2014)国境を超える想像上の「ホーム」。異文化間教育40号, pp.70-84

  8. UNHCR(2020). Syria Regional Refugee Response.
    http://data2.unhcr.org/en/situations/syria(2020年11月8日アクセス)

  9. UNHCR(2016)Mobile connectivity a lifeline for refugees, report finds
    https://www.unhcr.org/news/latest/2016/9/57d7d4478/mobile-connectivity-lifeline-refugees-report-finds.html(2020年11月8日アクセス)

明治大学准教授・岸磨貴子 / 成城大学教授・青山征彦

岸磨貴子(きし まきこ)
明治大学国際日本学部准教授。教育工学専門。研究テーマは「多様性をつなげる教育、多様性がつながる学習環境デザイン」。国内では、学校教育において総合的な学習の時間をはじめ「探究学習」を研究対象とし、インプロなどパフォーマンスを軸とした協働的な学びのための教育プログラムや教材を開発している。国外では、中東(シリア、パレスチナ、トルコ)を中心に、難民など社会的脆弱な立場におかれる子どもを含む誰もが個性や経験、強みなど多様性を発揮し共に発達していけるような場のデザインについての実践および研究を行なっている。

青山征彦(あおやま まさひこ)
成城大学社会イノベーション学部教授。認知科学、認知心理学が専門。状況的認知や活動理論と呼ばれる立場から、仕事場の学習についての理論的な研究を展開してきた。自らの所属するコミュニティとは異なる価値観に出会うことによって学ぶ越境学習や、互いには関係を持たないにもかかわらず類似した実践を行う野火的実践に関心を持つ。近年は、持続的な学習を支えるしくみに注目し、ハンドクラフトを中心に、趣味の学習についてインタヴュー調査を行っている。

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